14歳ーリリエット警護任務編 第27話 王子グレイスと烏の爪の団員たち
「―――我が名はグレイス・フォン・ランベール。亡き先王ガイゼリオンの嫡子にして、烏の爪の団長レイスである。久しいな……我が師、ギルベルトよ」
俺のその言葉に、目の前に立つギルベルトは、唖然とした表情を見せる。
他の者たち……烏の爪の団員たちも同様に目を見開き、呆けた顔で俺のことを見つめていた。
「……え? グレイス・フォン・ランベール……? どういうこと? それって、先代の王様の子供の……王子様の名前だよね……? ジェイク、これ、どういうことだと思う?」
「オ、オイラに言われても分からないよ!」
マリーゴールドとジェイクは目をグルグルと回し、混乱した様子を見せる。
そんな中、アビゲイルは祈るようにして手を組み、恍惚した表情でポソリと、開口した。
「……すごい。私にとってレイスさんは、こんな駄目駄目な私を導いてくれた、絵本の中の白馬の王子様のような存在でしたが……本当に王子様だったんですね……素敵……」
「ちょ、アビー!? 目をハートにしている場合じゃないでしょ!? レイスくんが王子様ってことは、その、つまり……!」
マリーゴールドがアビゲイルに突っ込みを入れていた、その時。
モニカがこちらに近寄り……俺の前に、膝を付いてきた。
「もしやと思っていましたが……やはりレイス殿はグレイス殿下であられましたか。改めまして、私はモニカ・ルイ・ユースディアと申します。先王ガイゼリオン様に仕えていた親衛隊騎士の、嫡子でございます。本来、私は、グレイス殿下にお仕えする予定の騎士でございました」
モニカのその言葉を聞いて、慌ててガウェインが、こちらにやってくる。
そして彼はモニカの隣に並び、同じように地面に膝を付いた。
「お、同じく、親衛隊騎士のガウェイン・ウェルザ・アストレアと申します! 本来、俺とモニカ、ルキナは、貴方様の親衛隊騎士になる予定で――おい、ルキナ! 何ボサッとしている! 早くこっちに来い!」
「レ、レイスが……グレイス殿下、だって……? う、嘘だろ……? だってアタシ、あいつに今まで酷い態度を……」
「ルキナ!」
「あ、あぁ!!」
そう言ってルキナは俺の前までやってくると、ガウェインとモニカの隣に並び、膝を付いてこちらに頭を下げてくる。
「お、遅れて申し訳ございません! ルキナ・フォン・エリニュオスです! そ、その、殿下には今まで、ひ、酷い態度をしてしまい……」
「別に気にしていない。あと、俺はもう王子ではない。楽にして構わないぞ」
「で、ですが……」
「今まで通りで頼む。俺はこの世界では死んだ身となっている。だから……王子グレイスではなく、烏の爪の団長レイスとして扱って欲しい」
「「「はっ!!」」」
ルキナ、モニカ、ガウェインの三人は勢いよく立ち上がると、胸に手を当て、騎士の敬礼を取ってくる。
いつも通りにと頼んだのだがな……そこら辺は後でもう一度頼むしかない、か。
「………殿下」
その時。ギルベルトが、俺に、泣きそうな目を見せてきた。
そして彼は俺の傍まで近寄ると……ギュッと、俺の身体を抱きしめてきた。
「……よくぞ……よくぞ、ご無事で……! このギルベルト、今以上に安堵した時はございませんぞ……!」
「…………心配、かけたな」
「殿下、申し訳ございません! 私の警護が甘かったせいで、陛下を……ガイゼリオン様を……!」
「良い。第一、あの時のお前は一線を退き、騎士から退役した身だった。あれはお前のせいではない。全ては、ガストンとハデスの仕業だ」
「眼帯をしておられますが、その左目は……いったい……」
ギルベルトが、心配そうにこちらを覗きこんでくる。
俺は自分の左目の眼帯を撫で、自嘲気味に笑みを溢した。
「ガストンの奴にくれてやった。何、この借りはいずれ返すつもりだ」
「殿下。今すぐ王国を離れましょう。貴方様がご存命であったなら、私の目的は変わってくる。今すぐ神聖国家に向かい、亡命致しましょう。王国と同盟国であるあの国なら、殿下も安寧とした暮らしを――」
「安寧とした暮らし? いったい何を言っているのだ、お前は?」
「殿下……?」
「俺の中には、死んだ者たちの怨嗟の声が常に轟いている。奴らを蹂躙し、殺し尽くせ、とな」
俺はチラリと、背後にある林の中に視線を向ける。
そこには、俺を見つめる、父上とハンナの姿がある。
二人は血だらけの姿で、俺に、お前がやれと囁いてくる。
……そうだ。
死んだ者の無念は、その意志を引き継いだ者が遂げなければならない。
俺はギルベルトから離れると、野営地の中央に立ち、仲間たちへと向けて声を張り上げる。
「俺たちは今から別の国へと移動する。だが、先程も言った通り、俺はいずれこの王国に戻り国盗りを行う。今まで黙っていて悪かったが、俺の目的は、再びこの地をランベール王家の手に取り戻すこと。そして、俺を助けるために死んだ、父上や我がメイドのような犠牲者を出さない……強者によって弱者が虐げられない、優しい国を造り出すこと。それが、国を奪われた王子である俺の目的だ」
俺は深呼吸した後、烏の爪の皆に向けて、再度、口を開いた。
「今一度問う! 烏の爪の団員たちよ! 俺と共に理想を追いかけ……王国に戦争を仕掛け、世界を変える意志はあるか!」
「「「はっ!!!!」」」
ルキナ、ガウェイン、モニカの3人は即座に返事を返し、敬礼する。
その後、アビゲイルも、すぐに開口した。
「わ、私も、レイスさん……いえ、レイス様に従います。貴方について行って間違ったことなど、一度もありませんから……!」
「や、ちょ、アビー、それって妄信なんじゃ……まぁ、いいけどさ。私も、レイスくんについて行くよ。私には世界を変えるとか、そんな大きな夢はないけど。でも、レイスくんにはたくさん助けられたから。君の力になりたい」
そう言って微笑むマリーゴールド。
そんな彼女の横に立つジェイクも、笑みを浮かべ、開口する。
「オ、オイラも! レイス……じゃなかった、殿下にはたくさん助けられたから! ついて行かない選択肢はないって!」
ジェイクの言葉に皆が笑みを浮かべた後。
最後の一人、ルーカスに、視線が集まる。
その視線に、ルーカスはため息を吐いて後頭部を掻いた。
「……てめぇら、分かってんのか? レイスが王子だった以上、俺たちは単なる反乱軍ではなく、ランベール王国正規軍という名目で、相手に戦争を吹っ掛けることになるんだぜ? こっちの神輿は先代王家の王子様だ、ガチの戦争になるのは免れない。この中から死人が出る可能性だってある。いや、この少人数で王国騎士団と戦争なんてしたら、間違いなく全滅だろうな。一人も生き残れねぇよ」
「無論、俺もこの少人数で戦争を仕掛ける気はない。各国を回り、王国に対抗する兵を募るつもりだ」
「だとしても、お前の理想と復讐のせいで、俺たちは戦場に立たされるんだ。これは、今までやってきた傭兵稼業とはレベルが違う。相手は犯罪者ではなく、国そのものなんだからな」
そう口にして、俺とルーカスは無言で睨み合う。
そんな俺たちの間の空気に、皆が、緊張した面持ちを見せた後。
ルーカスはフッと笑みを溢し、目を閉じた。
「……と、ここまで危険性を語っても、じゃあ脱退するって奴は出て来ねぇか。良いじゃねぇか。ただの孤児の集まりだったのに、随分と一端の戦士になったもんだ」
「え? ルーカス?」
「悪いな、お前らを試した。この先、レイスの秘密を知って、もし脱退するって奴がいたなら……始末しなきゃいけねぇって考えてたからな。勿論、俺もレイスに従うぜ。どのみち王国に残ったら指名手配は免れねぇんだ。妹のような犠牲者を出さない世界……お前なら作れるって信じてるぜ、レイス」
てっきり、ここで烏の爪を脱退するのかと思っていたが……ルーカスは誰よりも覚悟が決まっていた、ということか。
俺はルーカスの言葉にフッと鼻を鳴らし、皆に向けて口を開く。
「ありがとう。お前たちを信用して、正体を明かして良かった」
俺の言葉に、笑顔を見せる烏の爪の団員たち。
そんな中、ギルベルトが慌てて、俺に声を掛けてきた。
「で、殿下! まさか、王国に戻ってくる気なのですか!? なりませんぞ!! 私は反対です! 殿下はこのまま神聖国家の保護を受けて、安全な暮らしをお送りください! 神聖国家の聖王は、ガイゼリオン様とは旧知の仲。ですから……!」
「仮に、俺が神聖国家で保護された生活を送ると仮定して……その後は、どうなると思う?」
「……聖王のご息女は、殿下と同じ歳だと聞いております。恐らく殿下の身の安全を保障するために、聖王は、ご息女と殿下の婚姻をお勧めになられるでしょう。そうなれば、聖王家の身内となり、殿下は神聖国家の人間となる。ガストンも無用な手出しはできません。神聖国家側も、騎士王家の血は、欲しいと思いますから……その可能性が高いかと」
「神聖国家の聖王女の婿となる、か。それは自由のない、籠の中の鳥となれと言っているようなものだな」
「ですが……安全性は最も高いです」
「何故、安全と言い切れる? サイラスから聞いた。ガストンは、この大陸全土を支配する気でいると。ならば、各国を吸収し、聖王国にもその手を伸ばす可能性が高い。今は、森妖精族の国に侵攻していると聞いているしな。神聖国家の婿となっても、一時の平和に甘んじるだけだ」
「そ、それは……」
「俺は、絶対に理想と復讐を遂げてみせる。籠の中の鳥にはならない。何故なら俺は、夕闇を翔る自由なカラス、なのだから」
「で、殿下、ですが……! ゲホッゴホッ!」
「ギルベルト様!」
モニカが慌ててギルベルトに駆け寄り、彼の背中を摩った。
ギルベルトはこちらに顔を向けると、悲しそうな表情を浮かべる。
「殿下。私は今まで、陛下と殿下を奪った、ガストンへの復讐心だけで生きてきました。各地で反乱軍を募り、東西南北の関所を守る騎士団長……四聖騎士団に戦いを挑みましたが、歳のせいか御覧のありさまで。命を賭けることでしか、贖罪を果たす方法が無かったのです」
「……」
「ですが……殿下が生きていると分かった今、私は何を捨てでも、貴方様を守らなければならなくなった。私には……もう、時間が……」
「レイス様!」
その時。人質であるリリエットを連れたサイラスが、慌てた様子で戻ってきた。
俺は仮面を被り、サイラスに声を掛ける。
「どうした、サイラス」
「た、大変でございます! 遠くの方から、大量の……スケルトンの群れが!!」
「魔物……アンデッドだと!?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「くふふふふふふ。烏の爪……まさか、まだガストン様に歯向かおうとする者がいたとは」
烏の爪の団員たちが野営地を開いた場所から、数十メートルの距離がある崖の上。
そこで魔導士ハデスは、杖を地面にカンと叩きつけ、笑みを溢す。
「さて。我が下僕たちよ。反乱軍たちの息の根を止め、リリエット様を奪還せよ」
その言葉に、地面から這い出てきた……錆びついた剣と盾を持った骨の軍勢は、のしのしと、野営地へと向かって侵攻を始めるのだった。




