14歳ーリリエット警護任務編 第26話 師との邂逅
夕陽が山々に傾きかけた―――午後17時過ぎ。
王都アルビオンを出た馬車は、街道を駆け抜けていく。
「レイス。追手が来ている様子はないぜ」
荷台の端に座り足をぶらつかせているルーカスが、背後に立つ俺に、そう声を掛けてくる。
俺はそんな彼に対して、言葉を返した。
「そうか。だが、警戒は怠るな。敵の影が見えたら、即座に俺に報せろ」
「あぁ、分かっている」
「サイラス、予め騎士団に没収されていた彼らの武装は、命令通り持ってきているな?」
「はい、でん……じゃなかった、レイス様。彼ら烏の爪の団員の鹵獲されていた武器の類は、リリエット様を誘拐する際に奪っておきました。こちらでございます」
そう言ってレイスに扮したサイラスは、肩に背負っていた布袋を馬車の荷台へと降ろした。
俺はその光景に頷き、烏の爪の団員たちに向けて開口する。
「よし。では、マリーゴールドとジェイク、君たちは弓と盾を持って、ルーカスと共に追っ手が来ないか荷台の端で待機しろ。ガウェインはそのまま御者台に乗り、ひたすら南に馬車を進めろ。ルキナとアビゲイルは万が一馬車を停められた時を想定し、剣と杖を装備して人質であるリリエットの傍に待機。モニカは―――」
「お待ちください、レイス殿。私たちは未だ、そこにいるレイス殿の仮面を付けた男が何者であるかを、理解しておりません。彼は味方なのですか?」
「あ、確かにそうだな。そいつの登場はアタシも知らなかったから、驚いたんだよ、レイス。そいつ、いったい何者なんだよ?」
モニカとルキナのその質問に、サイラスは仮面を取り、皆に向けて素顔を見せる。
「私は王宮を警護している巡回騎士、サイラスと申す者です」
「王宮勤めの巡回騎士!? それって、ガストンの手下でしょ!? 何で私たちに手助けしているわけ!?」
「それは―――」
「サイラス……!? 何故、お前がここに……?」
馬車の奥でモニカに介護してもらっていたギルベルトが、しゃがみ込みながらサイラスに驚いた顔を見せる。
そんなギルベルトに対して、サイラスは彼に近寄ると、片膝を付き、頭を下げた。
「ギルベルト様。お久しぶりでございます。こうしてまた貴方様とお会いできたこと、心より嬉しく思います」
「貴公には世話を掛けたな。ガストンに寝返った演技をさせて、スパイ活動してもらった挙句、殿下を逃がせという非常に危険で無茶な指令にも従わせてしまった……今ではとても申し訳なく思っている」
「いえ。これも全ては先王ガイゼリオン様とグレイス殿下のため。私はギルベルト様と同じく、先王様に忠誠を誓った身ゆえ」
「だが……殿下は……」
「ギルベルト様。そう暗くならないでください。殿下は――」
「サイラス」
俺はそうサイラスに声を掛け、視線で黙らせる。
俺のその様子にサイラスは頭を下げ、横へと退けた。
その後、俺は歩みを進め、ギルベルトの前に立ち、高圧的に彼を見下ろした。
「……ギルベルト・ライゼフ・ファルシオン。かの王国最強の騎士団長ともあろう者が、随分とやつれたものだ」
「烏の爪の団長、レイス、か。助けて貰ったことには礼を言おう」
「一つ問おう、ギルベルトよ。貴様、我が軍門に下り、共にガストンを討つ気は――」
「断る。我が剣は騎士王家にのみ捧げられたもの。悪いが王国を暴力で支配しようとする貴様とは相入れない」
「クク。孫のアルフォンスと同じようなことを言う。では、貴様は、これからどうするというのだ? 反乱軍を率いて、アグランテ家を打倒するのではなかったのか? それは暴力を是とする行為ではないのか?」
「違う! 私は、この国を元に戻したいだけで――ぐっ!」
胸を押さえ、苦悶の表情を浮かべるギルベルト。
そんな彼を、モニカは背後から支える。
そしてモニカは、俺に、悲痛な顔を向けてきた。
「やはり……やはり、貴方は……」
「……」
……潮時だな。
もう既に、モニカは、俺の正体に勘付き始めている。
烏の爪の仲間たちなら、きっと……俺を裏切ることは無い。
きっと、打ち明けても問題はないはずだ。
「あ、あの……!」
その時。リリエットが俺に向けて、何か話しかけようとしてきた。
俺はただ淡々と、ルキナとアビゲイルに命令を出す。
「ルキナ、アビゲイル。その女を押さえていろ。そいつはガストンの婚約者であり、今回俺たちを嵌めた首謀者だ。そいつの命は、俺たちの生命線。絶対に逃がすな」
「あぁ。分かってる!」
「はい、レイスさん!」
「ま、待ってください、レイス殿! リリエット様は、多分、私たちを裏切ったのではないと思いますよ! 彼女は牢獄に閉じ込められた私たちに度々面会に来て、私たちを開放するよう、ガストンに掛けあっていたと話して――」
俺はモニカのその言葉を無視し、東の空を見つめる。
もうすぐ、丸い満月が、東の空に登ろうとしていた。
―――3時間後。午後20時過ぎ。
その後、追手がくることはなかった。
馬が疲弊したということで、俺たちは一旦、荒野の岩場の影で、休息を取ることに決めた。
ルーカス、マリーゴールド、ジェイクの3人は周辺の警備に当たり、ルキナとアビゲイルは拘束されたリリエットの監視。モニカとサイラスは、ギルベルトの手当。ガウェインは、馬の様子を見ていた。
俺はというと、焚火の前に座り、地図を片手に、向かうべき方角を確認していた。
「これから向かうべき道は二つ。南にある神聖国家か、森妖精族の住む国かのどちらかだ」
以前、ハンナとサイラスと共に亡命するはずだった国が、神聖国家だ。
神聖国家の聖王は父上とも懇意の仲だったと聞く。
恐らく、俺の身分を明かせば、快く亡命を受け入れてくれることだろう。
もうひとつは森妖精族の住む国。
ただ、森妖精族の国に向かうには、深い森を抜けなければならない。
敵の目を晦ませられると考えれば、絶好の場所といえるだろうが、森妖精族は人を嫌う者が多い。
加えてサイラスの話によると、王国軍は現在森妖精族の国に
侵攻を始めているらしい。
状況としては最悪だ。亡命を断られる可能性だってある。
選択肢としては、今のところ、亡命先は神聖国家しかないな。
「――ギルベルト様、お待ちください!」
その時。ギルベルトが立ち上がり、フラフラの足取りで何処かに向かおうと歩き出した。
それを必死に止めるモニカとサイラスだったが、彼は聞く耳を持つ様子はない。
俺は短くため息を吐くと、立ち上がり、ギルベルトの前へと先回りして、彼の前に立ちはだかった。
「どこへ行く? 元騎士団長」
「ゼェゼェ……私には時間が無いのだ……! 亡き陛下と殿下のために、ガストンに鉄槌を……!」
「策も無いというのにか?」
「黙れ、小僧!! 貴様に主君を失った私の気持ちが、分かってたまるものか!!」
「行きたければ行くが良い。ただし……この私を倒すことができたらな。私に敗ければ我が軍門に降れ。貴様の道は、二つに一つだ」
俺は腰の剣を抜き、ギルベルトへと構えた。
するとギルベルトは、憤怒の表情を浮かべる。
「王家の剣であるこの私に、挑むと? 満身創痍のこの私であれば、勝てると踏んだのか? 愚か者めが!!」
ギルベルトは、隣に立つモニカの腰にある剣を抜いて奪うと、 それを構え、こちらに鋭い眼光を向ける。
……向き合っているだけでも分かる。手負いとはいえ、凄まじい闘志だ。
「ちょ、ちょっと、ギルベルト様!? レイス殿!?」
慌てるモニカ。
そんな彼女を無視して、ギルベルトは、俺に斬り掛かってきた。
だが、やはり怪我で体力を消耗しているせいか、その剣筋は過去に見たものよりも大分遅かった。
「懐かしいな。こうしていると、王宮の中庭で、アルフォンスと共にお前に剣を教わっていたことを思い出す」
俺はギルベルトの剣を軽やかに回避すると、足を一歩前に出し、剣を突いてみせた。
その剣を、ギルベルトは横に逸れることで避けてみせる。
その直後。彼は、驚いた表情を浮かべた。
「そ、その剣の動き、まさか……王宮剣術か……!?」
「どうした? お前の稽古はこんなものではなかったはずだろう?」
続けて連続で剣を振り続ける俺と、その剣を自身の持つ剣に当て相殺していくギルベルト。
そして彼は、何かに気が付いたのか……剣を下ろし、呆然とその場に立ち尽くした。
「まさか……まさか……! いや、そんなはずは……!」
「やはり、潮時だったか。サイラス、こちらの話が聞こえないように、リリエットを外へと運んでくれ」
「はい」
サイラスがリリエットを遠くへと運んだのを見届けた後。
俺は仮面を外し―――その素顔を、月光の下に晒した。
「そんな、馬鹿、な……」
剣を地面に落とし、呆然とその場に立ち尽くすギルベルト。
俺はそんな彼に、静かに言葉を投げた。
「―――我が名はグレイス・フォン・ランベール。亡き先王ガイゼリオンの嫡子にして、烏の爪の団長レイスである。久しいな……我が師、ギルベルトよ」
俺のその言葉に、周囲の人々は皆、唖然として硬直したのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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