14歳ーリリエット警護任務編 第25話 逃走劇の開幕
「馬車の用意が済みました、アルフォンス様」
「ありがとう、サリア」
アルフォンスは部下の騎士に礼を言うと、処刑台の上に居る俺を見上げ、声を張り上げた。
「さぁ、要求通り、馬車の用意は済んだぞ、レイス! ガストン様とリリエット様を離せ!」
「良いだろう。だが、先ほど言った通り、リリエットは街道まで連れて行く。ここで人質を解放したら、お前らは即座に私たちに剣を向けてくるだろう? それでは公平な取引とは言えないからな」
「……お前が……素直にリリエットを開放する保証はどこにある? 悪いが僕はお前を信用できない」
「ならばどうする? 取引を守らねば、私はここでガストンとリリエットを殺すぞ? そうなれば、私は貴様ら騎士に殺されて終わりだろうな。だが、それでも私は構わない。憎きガストンとリリエットを殺せるのだから。クク……さて、お前はどちらを選ぶ? 主君と幼馴染の命と引き換えに私を討つか、それとも我ら見逃し、二人の命を救うか。今ここで選べ」
「……くっ!」
「お前の剣の腕は先日の騒動で把握済みだ、アルフォンス。お前は確かに強い。だが、お前は誰よりも甘い男だ。お前を制御するには、他の者の命を盾にするのが効果的であることを、私は知っている」
俺のその言葉に、ギリッと歯を食いしばるアルフォンス。
俺の時はあっけなく見捨てた癖に、ガストンとリリエットはそんなに大事か、アルフォンス。
お前は覚えていないだろうが……幼い頃、俺は母上の眠る墓の前で……あの丘の上でお前と約束を交わした。
―――俺が知でこの国を統治し、お前が武でこの国を守る。
俺たち二人で、この国を……この大陸全土を平和な地に変えよう、と。
そのためには、暴力を嫌う、平和を求める騎士の存在が重要になってくる。
だからお前は俺の騎士に相応しい、と……俺はあの時、そう言った。
俺は本気で、その夢を、お前と共に追いかけるつもりでいたんだ。
だが……お前は俺を裏切った。
お前は、俺の敵となった。ガストンの騎士になった。
「アルフォンス。お前に、夢はあるか?」
「……何が言いたい?」
「俺は、あの頃と何も変わらない。ただ、一人になっても夢を追い続ける。ただ、それだけだ」
「お前の夢というのは……世界を混乱に招き、王国を滅ぼし、自分に従えぬ者は殺し……魔王となることか……!!」
「そうだ。私はこれから始まる戦乱の世で、烏の旗の元、騎士団を発足する。烏とは、世間から疎まれ、嫌われ、ゴミを漁ることでしか生きられぬ者のことを差す。だがその爪は、時に権力者の目玉を抉ることもできる。烏の騎士団は、真の騎士として、お前たち腐った権力者どもに裁きをくだす!! それが私の夢……!!」
「お前は……っ!!」
「アルフォンス!!」
その時。広場の奥の建物の屋上から、声が聞こえてくる。
声が聞こえてきた方向に視線を向けると、そこには、リリエットの姿があった。
サイラスに腕を押さえられがらも、リリエットは口を開く。
「アルフォンス! 大人しく烏の爪に馬車を渡し、彼らを逃がしなさい!!」
「!? だが、君は……!!」
「大丈夫。あたしは大丈夫よ」
リリエットの目を見つめ、黙り込むアルフォンス。
数秒程思案した後。彼はこちらに振り返り、再び口を開いた。
「……約束は守るのだろうな? もし、リリエット様に手を出したら……」
「くどい。私は約束は守る。お前とは違ってな」
「……? 僕とは、違って……?」
首を傾げるアルフォンス。
俺はそんな彼を無視して、階段に向かい、処刑台から颯爽と降りて行く。
そんな俺の後ろから、烏の爪の団員たちと、モニカに腕を支えられたギルベルトついてくる。
ルーカスはガストンを開放すると、そのまま俺たちの後を追ってきた。
「……民たちよ! 馬車までの道を開けよ! リリエット様が人質に取られている! 手出し無用だ!」
アルフォンスのその言葉に、民衆は左右に掃けていく。
民たちが作った、馬車までまっすぐと続いたその道を、俺たちは静かに歩いて行く。
すると、その途中。アルフォンスの部下である女騎士が、モニカに声を掛けた。
「……モニカ。貴方は本当に……その男について行く気なの?」
モニカは立ち止ると、女騎士に言葉を返す。
「当たり前です。サリア……姉さま。私は私の正義を貫きます」
「反逆者であるその男に、正義などはない。……今からでもアルフォンス様に口利きすれば、また、騎士に戻れるかもしれません。ガストン様はお許しになられないかもしれませんが、親衛隊騎士である私も一緒に協力して謝罪すれば――」
「ガストンに謝罪する? あの男は父上を殺し、アルフォンスに罪のない子供を殺すように命令し、先ほどまで私の命も奪おうとしていたのですよ? そんな男に謝罪するなんて、おかしな話ですね」
「……みんな、自分の命を守るために、現実を受け入れて生きているの。今更子供みたいな我儘を言わないで。私と一緒に――」
「私がスラムで孤児として生活していた時、貴方が私に何かしてくれましたか?」
「……え?」
「私を助けてくれたのは、レイス殿です。姉さまがアルフォンスを信じているように、私も、レイス殿を信じているのですよ。私は、アルフォンスではなく、彼にこそ正義があると信じています!」
そう口にして、モニカは歩みを再開させた。
そんな彼女に、サリアと呼ばれた女騎士は、大きく声を張り上げる。
「暴力を善とする正義なんて、間違っているわ!」
「……暴力を善としなければ生きられない者たちもいるのです。私はそれを……アンバーランドのスラムで、学びました。次に会う時は戦場です、姉さま」
……なるほど。あの女騎士は、モニカの姉だったというわけか。
モニカの父はガイゼリオン派の騎士で、ガストンに粛清されたと聞いていたが、その姉はガストンに寝返っていたというわけか。
そして、アルフォンスの部下になった、と。
姉妹揃って俺とアルフォンスの下に付くとは、何とも不思議な運命といえるな。
俺は肩越しにモニカに視線を向けた後、そのまま歩みを進めて行った。
そして馬車の前に辿り着くと、そこには、ルキナの姿があった。
「やったな、レイス! 無事にみんなを助けられたな! やっぱりお前はすごい奴だぜ!」
「ルキナ! 無事だったんだね!」
マリーゴールドが声を上げると同時に、烏の爪のみんなはルキナの元へと駆け寄って行く。
仲睦まじい皆の姿に、俺は、思わず微笑みを浮かべてしまう。
最初はただ利用するだけの存在としか彼らのことを認識していなかったが、いつの間にか俺にとって、烏の爪の仲間たちはかけがえのない存在に変わっていた。
……ハンナ。どうやら俺はもう一人ではないようだ。
俺には心を許せる、仲間ができた。
「……さて。皆、ここからが大変だぞ。そこの者! リリエットを連れて、こちらに戻って来い!」
建物の上に立つ、レイスに扮したサイラスにそう声を掛ける。
極力、表ではサイラスの名は隠すようにしている。
彼は元々王宮勤めの騎士のため、ガストンを裏切ったと知られれば、俺たちと同様にお尋ね者になってしまうからだ。
サイラスはそれでも良いと、覚悟を持って俺に手を貸してくれたのだと思うが、これ以上、俺に良くしてくれた者を危険な目に遭わせたくはない。
それに彼は俺ではなく、父上、ガイゼリオンに忠誠を誓っている騎士だ。
俺の騎士ではない者に、命を賭けさせるわけにもいかないだろう。
サイラスはリリエットの首元に剣を当てながら、建物の外へと出る。
二人が俺たちの元に来ると、何故かリリエットは俺に悲しそうな視線を向けてきた。
俺はリリエットを無視し、烏の爪の団員たちとサイラス、ギルベルトに、馬車に乗るよう促す。
そして全員馬車に乗ったことを確認した俺は、最後に一人残り、荷台に足を乗せる。
「―――仮面の軍師、レイス」
振り返ると、そこには、アルフォンスの姿があった。
彼は俺を睨み付けながら、悔しそうに開口する。
「僕は君を絶対に認めない。もう一度この国に戻り、侵略戦争を行う前に、僕が君を捕らえてみせる。僕が目指す世界に、君は不要だ」
「クククク。できるものならやってみろ、裏切りの騎士アルフォンス。私はさらに仲間を増やし、烏の騎士団として、この国に再び舞い戻って来る。私が破壊し、創造する世界に、貴様の方こそ不要だ」
俺とアルフォンスはお互いの顔を見つめ、静かに睨み合う。
すると、御者台に乗ったガウェインが、俺に声を掛けてきた。
「出すぞ、大将! 早く乗れ!」
「あぁ。今、行く」
俺はマントを翻し、馬車の中へと入って行った。
その後、馬車はゴトゴトと音を立てて、走って行く。
……恐らく、王都を出た瞬間が、勝負だろう。
俺の予想では、王都を出た瞬間に、追手がやってくる。
人質をどこまでキープして、逃げおおせるかが、これから始まる逃走劇の鍵だ。
俺はそんなことを考えながら、荷台の上から、小さくなっていくアルフォンスを、じっと見つめ続けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「何をしておる、愚か者ども! 早くレイスを追え!!」
馬車が去った後。ガストンのその叫び声に、騎士たちは動揺した様子を見せる。
「で、ですが、ガストン様、リリエット様が馬車の中に……!」
「先回りして、気を伺うのだ! 王都の外へと出れば、そこは街道! 奴らがリリエットを開放する意志を見せねば挟撃しろ! リリエットを傷付けずにな!」
「そ、そんな、無茶苦茶な……!!」
「アルフォンス! 此度の失態は貴様にある! 貴様が余の命令で即座にガキの命を奪わなかったのが悪い!! 貴様がもたもたしていたから、レイスなどという賊めが余を襲撃できてしまったのだ!!」
「な、何を仰られているのですか、ガストン様! アルフォンス隊長は、ガストン様の命令通りに動いていただけで―――」
「黙れ、使えぬ愚物どもが!! 良いから、さっさとレイスを追わぬか!! カラスどもの代わりに貴様らを処刑してやっても良いのだぞ!!」
ガストンの発言に、怯えた様子を見せる騎士たち。
アルフォンスはガストンに向け頭を下げると、騎士たちを連れて、馬車が去って行った方向へと歩いて行った。
その様子を見て、ガストンはフンと鼻を鳴らす。
「まったく、使えぬ愚物どもめ。貴様らに金を出しているのが誰なのか、分かっておるのか」
愚痴をこぼすガストン。
その時。山々へと傾きかけていた夕陽が、分厚い雲に覆われた。
辺りが薄暗くなったのと同時に、ガストンの背後に、黒い霧が立ち込める。
その霧の中から出てきたのは、山羊の頭蓋骨を被り、ローブを着た、妖しい魔導士だった。
「―――くふふふふ。どうやらお困りのようですな、ガストン様」
「ハデス! 貴様、今までどこで何をやっていた! こっちは大変だったのだぞ!」
「くふふふふふ。申し訳ございませぬ。私は、闇の中でしか生きられぬ性分故」
「? 何を言っておる? それよりも、早く烏の爪の連中を捕らえる策を出せ! 彼奴等めは余を愚弄しただけではなく、我が愛しのリリエットを攫い、この国に宣戦布告した極悪人どもだ!! 処刑だけでは生温い!! 反逆者どもには地獄の拷問をし、生きて来たことを後悔させねば気が済まぬ!!」
「なるほど、なるほど。くふふふ。では、このハデスめにお任せを。闇の世界で、この私に勝る者はおりませぬ」
そう口にして、魔導士ハデスは、カンと杖を地面に叩いた。




