【第90話:雲海のドッグファイト】視点:エルナ
【タイムリミット:残り2時間30分】
上空3000メートル。
酸素が薄く、凍てつく暴風が吹き荒れる世界。
「うおおおおおおおッ!! 寒い! 寒い! 寒い!!」
カイの絶叫が風に千切れていく。
彼は私の腰に必死にしがみつき、涙目で叫んでいた。
「カイ、しっかり掴まって! 対空砲火が来るわ!」
手綱を握る私は、今まで出したことのない大声で叫んだ。
かつて白い部屋で祈るだけだった私が、今は泥と油にまみれ、戦場の最前線を飛んでいる。
不思議と恐怖はなかった。背中に伝わるカイの体温が、私に勇気をくれる。
『左舷、弾幕が薄い! あそこから突っ込め、エルナ』
ノクスがナビゲートする。
前方には、雲海に浮かぶ巨大な逆ピラミッド型の空中要塞『クリスタル・アーク』。
その周囲を、無数のキメラ部隊が黒い雲のように覆っている。
『迎撃システム、起動確認。……来るぞ!』
要塞の下層部(広い底部)から、無数の砲門が開く。
逆ピラミッド型の要塞の四方から、結晶化光線の雨が降り注ぐ。
放たれたのは物理的な砲弾ではない。すべてを青い水晶に変える「結晶化光線」の雨だ。
「当たったら即ゲームオーバーじゃねえか!!」
「大丈夫。私が防ぐ!!」
エルナは手綱を片手で操りながら、右手を掲げた。
私の血に眠る、第七王家の権能。
「第七権限解放――『聖域展開』!!」
ノクスが眩い光を放ち、飛竜の周囲に黄金の球体バリアを展開した。
雨あられと降り注ぐ結晶化光線がバリアに弾かれ、美しい火花となって散る。
「すげぇ……! これなら行ける!」
「長くは持たないわ! 魔力消費が激しすぎる……カイ、着地するわよ!」
飛竜『疾風』が翼をたたみ、急降下を開始する。
重力が内臓を押し上げる感覚。
「いっけええええええええッ!!」
ズドォォォォン!!!!
私たちは要塞の最上層にある外側甲板に、隕石のように激突した。
衝撃で投げ出され、カイと共に青い水晶の床を転がる。
「いったたたぁ……! 受け身取れてなかったら死んでたぞ……マジで」
カイがよろめきながら立ち上がる。
砂煙が晴れると、そこには数十体の機械兵士が整列し、銃口をこちらに向けていた。
「……おいおいおい、ずいぶん派手な歓迎じゃねーか!」
カイは埃を払い、ニヤリと笑った。
足は震えている。でも、彼の目はもう逃げていない。
『警告。結晶化解除リミット 残り1時間45分』
ノクスが告げる。
「ノクス、エルナ。もう時間がない……強行突破だ。
リリアさんが待ってる王の間まで、最短ルートで駆け抜けるぞ!」
私は彼の目を見て、ただ黙って頷いた。
不思議と、私の心は落ち着いていた。
――恐怖はもう、私の敵ではない。カイと一緒に、この道を切り開く。
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