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【第8話:地下水道の誓い】視点:リリア

地下水道の湿った空気は、血と泥の匂いがした。

地上からの追跡を逃れるため、二人は膝まで汚水に浸かりながら進んでいた。


リリアは松明の明かりを頼りに、地図もない迷路を先導する。

後ろを歩くカイは、ここ一時間、一言も喋っていない。

ただ機械的に足を動かしているだけだ。


(……無理もないわ)


リリア自身、心が折れそうだった。

剣の都の第一王女、リーゼ・レガルス。

幼い頃は、護衛として仕えていたこともあった。


いつも気さくに声をかけてくれた慈愛の王女様。

誰よりも民を気遣える優しい王女を、私は救えなかった。


「……ここなら、少しは休めるかも」


少し開けた整備用の通路にたどり着き、リリアは荷物を下ろした。

カイは壁際へふらふらと歩き、人形のように座り込んだ。

その目は虚ろで、光がない。


「カイ。……濡れた服を絞りなさい。風邪を引くわ」


返事はない。


リリアは唇を噛み、カイの肩を掴んで揺さぶった。


「しっかりしなさい! これからどうするか考えるのよ!」


カイはゆっくりと顔を上げた。

その表情を見て、リリアは息を呑んだ。


怯えでも、悲しみでもない。

そこにあるのは、底知れない「虚無」だった。


「……どうするって、何を?」


カイの声は、擦り切れた弦のように乾いていた。


「俺はEランクだ。王女様一人助けられなかったゴミだ。

……なあ、リリアさん。あんた、俺のこと恨んでるだろ?

俺がいなきゃ、王女様は死ななかった」


「それは……」


否定したかった。けれど、言葉が詰まる。

事実だ。ノクスという災厄の種を彼が拾わなければ、ガルドがクーデターを起こす大義名分は生まれなかったかもしれない。


カイは自嘲気味に笑った。


「ここで俺を殺して、ノクスを奪って逃げればいい。

その方が、あんたも楽だろ」


その言葉を聞いた瞬間、リリアの右手が勝手に動いていた。


パァァァン!!


乾いた音が地下道に響く。

カイの頬が赤く腫れ上がった。


「……ふざけないで」


リリアは震える声で叫んだ。


「リーゼ様が、命を懸けて守った命よ!

それを『殺してくれ』だなんて……そんな安っぽい言葉で片付けないで!!」


リリアはカイの胸倉を掴み、彼を壁に押し付けた。

涙が止まらない。


「恨んでるわよ! 悔しいわよ!

でもね、あの方は最期に言ったの。『カイ、そなたは生きろ』って!

あの方が希望を託した存在なら、私はどんなことをしてでも守りぬくわ!」


「……っ」


「だから生きなさい! 死ぬ気で生き延びなさい!

泥水を啜ってでも、地べたを這いずってでも!

リーゼ様が選んだあなたが、世界を変える光になれるかどうか……私がこの目で見届けてあげるわ!」


最後は涙声になりながら、カイの額へ自分の額を押し当てた。


沈黙が続いた。

やがて、カイの手が、おずおずとリリアの肩に触れた。


「……ごめん」


小さな呟き。


「俺は、世界を変えるなんて大層なことはできない。

……でも、ガルドは許せない。

あいつらが作ったこの理不尽な状況を、全部ぶっ壊してやりたい」


カイの声に、少しずつ熱が戻ってくる。

それは正義感ではない。もっと暗く、重い、怒りの炎。


「リリアさん。俺を使ってくれ。

俺も、あんたの剣を利用する。

……二人で、あいつらに吠え面かかせてやろう」


リリアは顔を上げ、涙を拭った。

目の前の少年の顔は、もう弱者のそれではない。

共犯者の顔だ。


「……いいわ。契約成立ね」


リリアは剣を抜き、その切っ先を天に向けた。


「私はリリア。あなたの剣となり、盾となる。

その代わり――私の背中はあなたが守りなさい!」


「ああ。……任せとけ」


カイはノクスを強く握りしめた。

地下水道の闇の中で、二人の復讐劇が静かに幕を開けた。


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