【第78話:エルナの決意】視点:エルナ
渓谷での野営の夜。
カイは焚き火の番をしながら、地図と睨めっこをして寝てしまった。
寝息を立てる彼の顔は、起きている時の不敵な詐欺師の顔とは違い、年相応の少年の幼さが残っていた。
エルナは膝を抱えて、揺れる炎を見つめた。
全身が重い。魔力を大量に消費した反動で、体中の骨が軋むような感覚が残っている。
飛竜の調教は、想像以上に過酷だった。何度も魔力を限界まで放出し、それでも飛竜は抵抗を続けた。
(……でも、できた)
エルナは自分の手を見つめた。まだ震えが残っている。
でも、この手で、カイを助けることができた。彼の大切な人を救うための、一歩を進めることができた。
この数日間で、世界は一変した。
血を抜かれるだけの毎日から、泥と汗と命がけの逃走劇へ。
(怖くないと言えば、嘘になる)
でも、不思議と「帰りたい」とは思わなかった。
カイがくれる保存食は硬くて不味いけれど、迎賓館のフルコースよりずっと味がする。
彼が向けてくれる「心配」は、神官たちの「崇拝」よりずっと温かい。
(あの時、彼が「無理はするな」って言ってくれた)
飛竜調教の最中、エルナが限界に達した時、カイは何度も休むよう促してくれた。
でも、エルナは断った。今、手を緩めたら、また最初からやり直しになる。
(私も、誰かを守りたい)
聖女の都での17年間、エルナは「守られる存在」だった。道具として、崇拝される対象として。
でも今、エルナは「守る側」に回ることができた。たとえ小さな力でも、カイの役に立てた。
(これが、人間として生きるってことなのかもしれない)
エルナは自分の長い銀髪に触れた。
聖女の象徴として、切ることも許されず伸ばし続けてきた髪。
逃走中、枝に引っかかって邪魔になることが何度もあった。
(私は、もう人形じゃない)
エルナはカイの荷物から、サバイバルナイフを抜き取った。
重い。冷たい。
でも、これは未来を切り開くための重さだ。
ジャリッ。
躊躇いなく、刃を入れる。
銀色の房が、ハラハラと地面に落ちる。
腰まであった髪は、肩口で不揃いに切り揃えられた。
風が首筋を撫でる。
軽い。
まるで、見えない鎖が解き放たれたようだった。
「髪切ったのか?」
背後から声がした。
いつの間にか目を覚ましていたカイが、驚いた顔でこちらを見ていた。
「……変、かな?」
エルナがおそるおそる聞くと、カイは焚き火の光の中で優しく笑った。
「いや。
聖女様ってよりは……活発な冒険者みたいで、いいんじゃないか?
俺はそっちの方が好きだぜ」
「……ふふ。ありがとう」
エルナは短くなった髪を揺らして笑った。
この瞬間、聖女エルナは死んだ。
そして、一人の少女エルナが生まれたのだ。
「もう、寝ようぜ。
明日の朝、飛竜に乗って出発だ。……リリアさんを待たせてるからな」
「うん。……おやすみなさい、カイ」
エルナはカイの隣に身を横たえた。
リリア。彼の大切な人。
エルナはまだ会ったことがない。でも、カイがそれほどまでに大切にしている人なら、きっと素敵な人なのだろう。
(私も、彼女に会いたい)
いつか彼女を助け出して、三人で笑い合える日が来ることを、エルナは星空に祈った。
その時、エルナは初めて「友達」という言葉の意味を知るのだろうか。
(……友達、か)
聖女の都では、友達という存在はなかった。神官たちは崇拝し、民衆は祈りを捧げる。でも、誰も「友達」ではなかった。
(カイとリリアが、私の最初の友達になれるかな)
エルナは短くなった髪を撫でながら、そんなことを考えていた。
そして、疲労が全身を包み込み、ゆっくりと眠りに落ちていった。
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