【第73話:エルナの選択】
【タイムリミット:残り7日】
「行くぞ、エルナ!」
カイはエルナの手を掴んだ。
神官長のように優しく引くのではない。
強く、強引に、走るために握る。
「え、どこへ!?」
「空だ!」
カイが指差したのは、部屋の壁の一面を覆う巨大なステンドグラスの窓だった。
そこには聖人たちが描かれているが、その向こうには夜空が広がっているはずだ。
「ここ、地上30メートルよ!? 死んじゃう!」
「死なない! 俺とお前とノクスがいれば、大丈夫だ!」
根拠はない。
だが、リリアがいない今、逃げるためのハッタリと度胸だけは誰にも負けない自信があった。
「ノクス! 全魔力で防御結界を展開!
落下ダメージをゼロにしろ!」
『無茶を言う! だが……今の出力ならダメージの大幅軽減は可能だ!』
ノクスが応える。黒い球体から青い光の膜が広がり、二人を包み込む。
「選べ、エルナ!
このままここで一生、綺麗な人形として生きるか!
それとも――泥だらけになって、世界の敵になって、俺と一緒に来るか!」
追手の足音が迫る。
時間はあと数秒。
エルナはカイの手を見た。
そして、自分の足元を見た。
白いローブ。白い部屋。白い世界。
彼女は顔を上げ、カイの手を強く握り返した。
その瞳に、初めて自分の意志の光が宿る。
「……私は、外の世界が見たい。
連れて行って、カイ!」
「契約成立だ!!」
カイはエルナを抱き寄せ、ステンドグラスに向かって全力で駆けた。
「うおおおおおおおおッ!!」
ガシャァァァァァァン!!!!
数千枚の色ガラスが砕け散る。
聖人たちの絵が粉々になり、夜空に煌めく宝石のように舞い散る。
二人の体が、聖女の都の夜空へと躍り出た。
眼下には、松明を持った数万の巡礼者と、蟻のように群がる聖騎士たち。
浮遊感。
そして、頬を叩く冷たい夜風。
「……これが、外の風……」
エルナが呟く。
彼女の長い銀髪が風になびき、月光を受けて輝いている。
その顔は、恐怖よりも、初めて知る自由への驚きに満ちていた。
「さあ、着地するぞ! 舌噛むなよ!」
ノクスの重力制御がクッションとなり、二人は大聖堂の中庭にある植え込みへと突っ込んだ。
ズザザザッ!
土と草の匂い。
ローブが汚れ、カイの顔にも泥が跳ねる。
「痛っ……。大丈夫か、エルナ?」
「……ええ。びっくりしたけど……平気」
エルナは泥だらけのローブを見て、それからカイを見て、小さく笑った。
「……本当に、泥だらけになっちゃった」
「言ったろ?
さあ、逃走劇の再開だ!
ここからが本番だぞ!」
警報の鐘が鳴り響く。
「聖女様が誘拐されたぞー!!」という怒号が聞こえる。
カイはエルナの手を引き、闇夜へと走り出した。
背後には、混乱する聖なる都。
前方には、果てしない逃亡の旅路。
(待ってろ、リリアさん。
最後の鍵は手に入れた。
……今、助けに行く!)
残り日数、7日。
最弱の賞金首と、籠から出た聖女。
世界を敵に回した二人の逃避行が、ここから加速する。
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