【第71話:懐かしい気配】視点:エルナ
泥だらけの侵入者は、酷い姿をしていた。
服はボロボロで、変な臭いがする。
でも、その瞳だけが、この白い部屋には存在しない「熱」を帯びていた。
「俺はカイ。……あんたを害しに来たわけじゃない」
少年は、警戒させないように両手を挙げて見せた。
「頼みがあって来た。
……あんたの血が欲しい」
「……血?」
エルナは瞬きをした。
またか、と思った。
神官たちも、巡礼者たちも、みんな私の血を欲しがる。
この体には、血以外の価値なんてないのだから。
「……そう。あなたも、私の血が目的なのね」
エルナは諦めの息を吐いた。
恐怖はない。ただ、失望だけが胸に広がる。
「同胞」の声が聞こえた気がしたのは、ただの錯覚だったのか。
「いいわ。持っていって。
どうせ私は、そのためだけに生かされているから」
エルナは近くのテーブルにあった果物ナイフを手に取った。
慣れた手つきで、自分の手首に刃を当てる。
痛みには慣れている。少し深く切れば、この少年が望むだけの量は出るだろう。
刃を引こうとした、その時。
「――馬鹿野郎!!」
ドガッ!
少年が獣のような速さで飛びかかってきた。
エルナの手首を掴み、ナイフを弾き飛ばす。
カラン、と乾いた音が床に響いた。
「……な、何をするの?」
エルナは驚いて少年を見上げた。
至近距離にある彼の顔は、怒りで歪んでいた。
「ふざけるな! 誰が『自傷しろ』なんて言った!
俺が欲しいのは血だが、あんたが自分で自分を傷つけるのは……なんか違うんだよ!」
「……意味がわからない。矛盾しているわ」
「人間は矛盾する生き物だ! Eランクなめんな!」
少年――カイは、わけのわからないことを叫んで、乱暴に私の手を離した。
そして、気まずそうに頭を掻いた。
「……俺の大切な人が、呪いにかかってるんだ。
それを解くには、あんたの『オリジナルの血』が必要なんだ。
だから盗みに来た。
でも……あんたがそんな、死んだ魚みたいな目で自分を切るのは、見てらんねぇよ」
大切な人。
その言葉を口にする時の彼の表情は、悲しそうで、でもとても優しかった。
神官たちが「神への愛」を語る時の、あの陶酔した顔とはまるで違う。
(ああ……。この人は、本気で生きている)
エルナは初めて、目の前の人間を「他者」として認識した。
道具を使う使用者ではなく、心を持った一人の人間として。
「……変な人」
「よく言われるよ」
カイは苦笑して、それから真剣な顔に戻った。
「なあ、エルナ。
……ここから出たいか?」
「え?」
「俺と一緒に来れば、血を抜かれるだけの毎日よりはマシな冒険ができるぜ。
……その代わり、世界中から追われるけどな」
彼は手を差し出した。
泥だらけで、傷だらけの手。
でも、神官長の手袋越しの手より、ずっと温かそうに見えた。
「うん」
私は、彼の手を両手で掴み、決意と共にぐっと引き寄せた。
その時。カイの胸元にある黒い球体が、激しく明滅し始めた。
『カイ、同調が始まるぞ!』
球体から響く声。
それは、私が感じていた「懐かしい気配」そのものだった。
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