【第68話:白い牢獄】視点:エルナ ★新規POV
世界は、白でできていた。
白い壁、白い床、白い天井。
身に纏うローブも、部屋を飾る百合の花も、そして私の肌も。
すべてが雪のように白く、そして冷たい。
アル=ヴェルド大陸の北西部に位置する第五の都市――『聖女の都セレスティア』。
人々はここを「地上の楽園」と呼び、私を「慈愛の聖女」と崇める。
けれど、私にとってここは、ただの白い棺桶だった。
「……聖女様、本日の抽出のお時間です」
重厚な扉が開き、神官長が入室してくる。
後ろには、銀色の盆を持った数人の神官たち。盆の上には、鋭利な注射針と、ガラスの容器が並べられている。
「……はい」
エルナは椅子に座ったまま、細い腕を差し出した。
白い肌には、無数の針の痕が青く痣のように残っている。
痛々しいその痕跡を見て、神官たちが眉をひそめることはない。彼らにとって、それは聖なる奇跡を生み出すための「蛇口」でしかないのだから。
チクリ、と鋭い痛みが走る。
赤い血が管を通り、ガラス容器へと吸い出されていく。
(私の血……第七王家の因子)
かつて読んだことのある古い書物によれば、私の血は「奇跡の触媒」らしい。
この血を薄めて聖水を作り、病人を治し、土地を清める。
信者たちは涙を流して感謝し、都は莫大な寄付金で潤う。
私は、高機能な血液タンク。
それ以上でも、それ以下でもない。
「……うっ」
血が抜かれるにつれて、視界が白く霞む。
貧血による目眩。指先が冷たくなる。
「本日の数値は良好です。これなら、明日の大ミサでの『奇跡の顕現』も問題ないでしょう」
神官長が満足げに頷き、エルナの顔色など見向きもせずに容器を掲げた。
「では、聖女様。明日のミサに備えて、安息の祈りを」
「……はい、神官長様」
彼らが去り、再び重い扉が閉ざされる。
カチャリ、と外から鍵がかけられる音が響いた。
完全な静寂。
エルナはふらつく足で立ち上がり、部屋の壁の一面を覆う巨大なステンドグラスの窓に手を触れた。
大聖堂の地下には、聖女たちが修行に使う《氷雪迷宮》が広がっている。
氷と雪で覆われた無数の通路は、迷い込んだ者の心を浄化し、真実の道への道を示すと信じられている。
しかし、その奥深くには、異端者を閉じ込めるための《贖罪の牢獄》が存在するという。
「……外が見たい」
ぽつり、と呟く。
生まれて17年。この「清浄の間」から出たことは一度もない。
太陽の光も、風の匂いも、雨の冷たさも知らない。
知識として知っているのは、持ち込まれる書物の中の世界だけ。
(盗賊王コラル……)
ふと、遠い南の地下都市にいるという、会ったこともない少女のことを思う。
風の噂で聞いた。私と同じ「作られた存在」がいると。
彼女は自由なのだろうか。それとも、やはりどこかの檻の中にいるのだろうか。
ドクン。
不意に、胸の奥で心臓が跳ねた。
今までに感じたことのない、強い鼓動。
「……え?」
エルナは胸を押さえた。
何かが近づいてくる。
泥と錆の匂いを纏った、荒々しい「何か」が。
この完璧で退屈な白い世界に、黒いインクをぶちまけるような予感がした。
『――聞こえるか、同胞よ』
頭の中に、ノイズ混じりの声が響いた気がした。
エルナは目を見開き、誰もいない部屋を見渡した。
「……誰? 誰が、私を呼んでいるの?」
その問いに答えるように、部屋の空気が微かに揺らいだ。
運命の歯車が、軋み音を立てて回り始めた音だった。
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