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【第53話:腐敗と闇の底】

【タイムリミット:残り25日】


湿った風が、腐敗臭とともに頬を撫でる。

そこは、アル=ヴェルド大陸の地図に載っていても、まともな人間なら決して近づかない場所。


第四の都市――『盗賊の都カラン』。


巨大な地下空洞を利用して作られたこの都市は、太陽の光が届かない闇の世界だ。

天井から垂れ下がる無数の鎖、違法建築が蟻塚のように重なったスラム街、そして足元を流れる汚水。


カランは、古代文明が遺した巨大な《古遺迷宮》の遺跡を、そのまま都市として利用している。

無数の通路と部屋が複雑に絡み合い、入り組んだ構造は、まさに迷路そのものだ。

この迷宮の奥深くに隠された古代の宝を求め、日々探索を続ける者も少なからずいるらしい。


カイは泥にまみれたフードを目深に被り、その入り口となる巨大な排水溝の前に立っていた。


「……静かだな」


呟く声に、返事はない。

いつもなら、「帰りたい」と喚く自分を叱咤するリリアの声があるはずだった。

あるいは、「背中は任せろ」という頼もしい剣の音が。


だが今、隣にあるのは冷たい闇だけだ。


『寂しいのか、カイ』


胸元のノクスが、感情のない声で問う。


「まさか。……おかげで静かに思考できる」


カイは乾いた唇を歪めた。強がりではない。

リリアを失ったあの瞬間、カイの中で何かが焼き切れ、そして別の何かが冷徹に固まったのだ。


「ノクス、リリアさんの猶予は、あと何日だ?」


『残り25日だ』


商人の都を出てから五日。

不眠不休に近いペースで荒野を越え、ここまで歩いてきた。

足の裏は豆が潰れて血が滲んでいるが、痛みは遠い。


「もう残り25日か」


カイは、ため息を吐くように低く呟いた。

リリアの命の期限は、もう1ヶ月もない。

その間に、世界最強の権力者を出し抜く鍵を見つけ、戦力を整え、戻らなければならない。

1日たりとも無駄にはできない。


「行くぞ。ここからは、信じる奴が死ぬ街だ」


カイは汚水の中に足を踏み入れた。

その瞳は、焦燥と覚悟で鋭く光っていた。


地下都市への長い階段を降りるたびに、空気は重く、淀んでいく。

壁には発光する苔が張り付き、頼りない明かりを灯している。

行き交う人々は皆、フードを目深に被り、互いに距離を取って歩いていた。

ここでは視線が交差すること自体が、殺し合いの合図になり得るからだ。


(まずは情報だ。ザラから貰った鍵……隠れ家を目指す)


カイは懐の鍵を握りしめた。

リリアを取り戻すための、時間との闘争が幕を開けた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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