【第52話:南への逃走】
【タイムリミット:残り29日】
商人の都の外れ。
赤茶けた荒野が広がる南の方角へ、カイは一人で歩いていた。
風が強い。
砂塵が舞い、頬を叩く。
いつもなら、リリアが風上に立って盾になってくれた。
今は、砂が目に入って痛い。
「……痛ぇな、クソ」
カイはゴシゴシと目をこすった。
涙じゃない。砂のせいだ。そう自分に言い聞かせる。
『カイ。右前方、野犬の群れだ。
……悪いが、詳細なルート算出はできない。気配だけで判断しろ』
再起動したばかりのノクスの声は、まだ本調子ではない。
「ああ。上等だ」
カイは岩陰に身を隠した。
戦闘はしない。できないからだ。
ひたすら隠れ、逃げ、進む。
それは孤独で、地味で、惨めな旅路だ。
でも、足は止まらなかった。
歩くたびに、リリアとの思い出が蘇る。
初めて会った時の鋭い眼光。
野営で食べた不味いスープ。
カジノでのドレス姿。
そして、クリスタルの中で凍りついた微笑み。
(待っててくれ)
一歩踏み出すたびに、心の中で唱える。
(絶対に助ける。必ずリリアさんを迎えに行く)
カイは荒野の地平線を見つめた。
その先には、太陽の届かない地下都市が待っている。
嘘と暴力が支配する、次なる地獄。
「……行ってきます、リリアさん」
カイは誰にも聞こえない声で呟き、フードを目深に被った。
その背中は小さく、頼りない。
けれど、もう震えてはいなかった。
砂塵の向こうに、商人の都の輝きが消えていく。
少年は一人、修羅の道へと姿を消した。
第3章:商人の都 ヴァランザ 【完】
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