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【第50話:ダークホース】視点:ザラ

同時刻。冷たい雨が、商人の都のネオンを滲ませていた。


ザラは傘も差さずに、カイを残してきた路地裏の入り口に立ち尽くしていた。

高級なドレスが濡れるのも構わず、彼が這いつくばっていた暗闇を見つめている。


「……馬鹿な子」


手の中には、彼に飲ませたポーションの代わりに、取り出した煙管キセルがあった。

雨で火がつかないそれを、苛ただしげにポケットにしまう。


「普通は絶望して死ぬか、私を呪って死ぬか……どっちかでしょう?」


ザラは自嘲気味に笑った。

彼女は知っている。この街で「希望」を失った人間がどうなるかを。

ザガンという絶対的な捕食者の前では、希望など残酷なスパイスにしかならないことを。


だからこそ、彼女はカイたちを売った。

情が移る前に。彼らがもっと深く傷つく前に、商品として処理した方が慈悲だと思ったからだ。

……というのは、自分への言い訳に過ぎない。


「ザラ様」


背後から、黒服の部下が近づいてきた。傘を差し出す。


「ザガン様より、報酬の入金が確認されました。

……賞金首の10億ゴールドと、

リリアの購入代金として10億ゴールド、

特別ボーナスとして別途10億ゴールド。

合計30億ゴールドです。」


「そう」


ザラは興味なさげに答えた。

10億ゴールドの賞金首を元手に、30億ゴールドの荒稼ぎ。

かつてあれほど渇望した大金。

カジノの経営を盤石にし、商人の都での地位を不動にするための資金。

それが手に入ったというのに、心は鉛のように重かった。


脳裏に焼き付いているのは、泥と血にまみれながらも、自分のポーションを飲み干した少年の目だ。

生きることを諦めていない、あの目。


(……助けたのは、気まぐれよ)


自分にそう言い聞かせる。

だが、心の奥底で何かが燻っていた。

計算高い商人の自分が、損得勘定抜きで動いてしまったという事実。


「……ねえ」


ザラは部下に問いかけた。


「賭けをしましょうか」


「は?」


「あの少年が、ここへ戻ってくるかどうか。

ザガンという絶望を乗り越えて、再び私の前に現れるかどうか」


部下は困惑した顔をした。


「……常識的に考えれば、不可能です。

彼はEランクですし、相手はザガン様です。」


「そうね。オッズをつけるなら、万馬券どころの話じゃない」


ザラは雨空を見上げた。


「でも、私は大穴ダークホース狙いが好きなのよ。

……彼がこの街を出るまで、監視を続けなさい。

ただし、手出しは無用よ。

ザガンの私兵に見つからないように、こっそり逃げ道だけ確保してあげなさい」


「……よろしいのですか? ザガン様への背信行為になりますが」


「構わないわ。

これは私の『投資』よ。

……あの少年が化けたら、もっとすごいリターンが期待できるかもしれないもの」


ザラは踵を返した。

その背中は、以前のような冷徹な女狐のものではなかった。

ほんの少しだけ、人間らしい熱を帯びていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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