【第48話:沈黙のノクス】
雨風を凌げる廃橋の下で、カイは膝を抱えて震えていた。
ザラのポーションのおかげで、砕けた肋骨と内臓の痛みは引いていた。
だが、失った血液と体力までは戻らない。
寒さが骨の髄まで沁みる。
(……寒い)
隣を見る。
いつもなら、「風邪ひくわよ」と言ってマントを貸してくれる人がいた。
「火を起こしなさい」と命令してくる人がいた。
その不在が、寒さ以上にカイの心を凍えさせていた。
「……ノクス」
カイは胸元の黒い球体に触れた。
冷たい。
いつもなら、憎まれ口の一つでも叩いてくるはずの相棒が、ただの鉄の塊のように沈黙している。
「おい、起きろよ。……生きてるんだろ?」
返事はない。
表面に走っていた微かな光の脈動も消えている。
「俺を逃がすために、力を使い果たしたのか……?」
ザガンの結界内での強制転移。
その代償がどれほどのものか、カイには想像もつかない。
「……一人、か」
カイは膝に顔を埋めた。
リリアは奪われた。
ノクスは動かない。
所持金も、武器も、仲間もない。
あるのは、ザガンに植え付けられた恐怖と、無力感だけ。
(無理だろ、こんなの)
脳裏に、あの青い水晶の魔獣と、圧倒的なザガンの力が蘇る。
あんな化け物に、どうやって勝てというんだ。
逃げることしか能がないEランクが。
「……ごめん、リリアさん」
弱音が口をついて出る。
諦めという甘い誘惑が、カイの心を塗りつぶそうとしていた。
その時だった。
『――……Zzz……』
ノイズ。
胸元の球体から、砂嵐のような音が漏れた。
カイは弾かれたように顔を上げた。
「ノクス!?」
『……再起動……システムチェック……
……魔力残量、危機的……
……音声出力、回復……』
断続的な機械音声の後、球体がボンヤリと赤い光を放ち始めた。
そして。
『……おい、契約者。
いつまでメソメソしている。耳障りだ』
低く、不機嫌そうな声。
いつもの、尊大な相棒の声だった。
「ノクス……! お前、生きて……!」
カイの声が上ずった。
安堵で涙が出そうになるのを、必死にこらえる。
『我を誰だと思っている。
古代文明の叡智、七王家の遺産だぞ。
……ただのガス欠だ。貴様の少ない魔力で多少回復した』
ノクスは悪態をつきながらも、その光を少しだけ強くした。
まるで、カイを励ますように。
『状況は最悪だ。
だが、貴様は生きている。
……生きている限り、盤面をひっくり返す手はある』
その言葉が、カイの背骨に芯を通した。
「……あるのか? リリアさんを……助ける方法が」
『ある』
ノクスが断言する。
その光は、絶望的な闇の中で唯一の道標のように輝いていた。
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