【第2話:A級剣士の眼差し】視点:リリア ★新規POV
退屈だった。
リリアは下層街を見下ろす城壁の上に座った。
剣の柄に手をかけたまま、溜息をつく。
今朝から続く警備任務は、彼女のような実力者には物足りなさすぎた。
(……A級冒険者なんて、結局は権力者の駒みたいなもの)
リリアは、十九歳にして既にA級の称号を手にしている天才剣士。
王国は優秀なA級以上の冒険者を要人の護衛として雇うことがある。
リリアも過去に何度かその任に就いた。
特に、幼少期のリーゼ王女の護衛を務めたことが、彼女と王女の関係の始まりだった。
だが、誰もが羨むその地位は、彼女にとって黄金の鎖でしかなかった。
――そのとき、迷宮の方角から微かな魔力の揺れを感じた。
「……今の波動は?」
リリアの鋭敏な感覚が、危険な目覚めを捉えていた。
それは古い――とても古い魔力の残響。
アカデミーの教本でしか見たことのない、古代文明の気配だ。
(迷宮から? まさか、あの封印区域から何かが出てきた……?)
本来なら上官に報告すべき異常事態だ。
だが、リリアの足は勝手に動いていた。
この退屈な日常を打ち破る、何かの予感がしたからだ。
下層街の入り口、迷宮から続く排水路の近く、石橋の上で待ち構える。
やがて、一人の少年が這い出てきた。
泥だらけの服。怯えた目。貧相な装備。
どう見てもEランク以下の、底辺冒険者だ。
(……期待外れね。ただの逃げ帰ってきた新人か)
興味を失いかけた、その時だった。
リリアの目は、少年の胸元にかかる《それ》を捉えて凍りついた。
黒い球体。
金属でも石でもない、不気味な光沢。
ただの古いペンダントのように見えるが、リリアにはそれが本物だとわかった。
そして、微かに脈動する赤い光。
心臓が跳ねた。
(……嘘でしょう。あれは――古代魔具?)
文献でしか見たことがない。
かつて七王家が遺したとされる、世界を揺るがす力を持つ遺物。
それが、こんな場末の冒険者の手に?
リリアは音もなく、石橋から飛び降りた。
少年の前に立つ。
彼の顔が青ざめるのがわかった。
当然だ。A級の殺気を感じ取れば、普通の人間は逃げ出すか、腰を抜かす。
だが、この少年は違った。
逃げないのではない。
一瞬で視線を巡らせる。
路地の幅、障害物の位置、風向きを確認し――
《逃げ道》を探しているのだ。
リリアは剣士として、その目に覚えがあった。
戦場においては、最も厄介な敵の目。
戦えないのに、決して諦めていない目。
(……面白いわね)
「その黒いペンダント。あなた、一体どこで手に入れたの?」
リリアが問うと、少年は、震えながら黒いペンダントを手で隠した。
だが、視線だけは死んでいなかった。
(この子、この魔具と契約しているのかしら……?)
あの球体が、少年に何かを囁いているような気配がする。
もし彼を上官に突き出せば、彼は間違いなく処刑される。
魔具は国の管理下に置かれるだろう。
けれど。
(生かしておけば……この退屈な世界が、少しだけ変わるかもしれない)
リリアは自分の直感を信じることにした。
「あなた、名前は?」
「カ、カイです……」
「カイ。私はリリア。A級冒険者よ」
カイの顔色がさらに悪くなる。
リリアは口元に、久しぶりの笑みを浮かべた。
「今から、あなたを試させてもらうわ。
私から逃げ切れたら、助けてあげる」
「え、ええぇ……!?」
リリアが剣を半ば抜くと、カイの目が瞬時に周囲の地形を走査するのが見えた。
(やっぱり。この子、逃げる才能がありそうね)
獲物を追う狩りが、今始まる。
だが、リリア自身もまだ気づいていなかった。
この日の出会いが、彼女の運命を大きく変えることを。
そして、この臆病な少年のために、いつか自分の命を賭けることになるとは――。
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