【第15話:魔法学園潜入】
「……お嬢様。お茶の時間でございます」
カイは教室の隅で、恭しく紅茶を差し出した。
ただし、その顔は死んだ魚のように虚ろだった。
ここは魔法学園の特別進学クラス。
スレンの手引きにより、二人は身分を偽装して潜入していた。
設定はこうだ。
地方貴族の令嬢にして天才剣士――リリア・フォン・アインツベルン。
そして、その実家の納屋で拾われた、冴えない下男兼・荷物持ち――カイ。
「ありがとう、カイ。……ふふ、皆が見ているわよ? もっと背筋を伸ばしなさい」
リリアは優雅にカップを受け取り、完璧な令嬢スマイルを浮かべながら小声で囁いた。
制服の着こなしも、立ち居振る舞いも、どこからどう見ても深窓の令嬢だ。
王宮仕込みのマナーが、こんなところで役に立つとは。
「勘弁してくださいよ……。なんで俺が下男なんですか」
「適役じゃない。
それに、あなたのその貧相な顔立ちじゃ、貴族の三男坊でも無理があるわ」
「うるせぇ!」
『諦めろ、カイ。任務だ。
それに、制服姿のリリアに顎で使われるのも、そう悪くはあるまい?』
ノクスが胸ポケットの中でニヤニヤと振動する。
カイは教室を見渡した。
エリート魔術師の卵たちが、遠巻きにリリアを見て噂している。
「あの方が噂の転入生……剣術科の特待生だって」
「綺麗ねぇ。でもあのお付きの人、なんかパッとしないわね」
「そうね。うちの制服が似合わない貧相な顔立ちよねー。」
「きっと実家の慈悲で置いてもらってるのよ。可哀想に」
(……言いたい放題だな、おい)
だが、この「空気のような扱い」は、カイにとって好都合だった。
目立つのはリリア。カイはその影で、こっそりと情報を探る。
「……ねえ、カイ」
リリアが紅茶を飲み干し、悪戯っぽく微笑んだ。
「放課後、案内しなさい。
……下男なら、主人の護衛は当然でしょう?」
「へいへい、お嬢様」
カイはわざとらしく頭を下げた。
その視線の先で、リリアが楽しそうに、少しだけ素の顔で笑った気がした。
放課後。
カイとリリアは、図書館の前で合流した。
「……目立ちすぎですよ、お嬢様。
廊下を歩くだけでファンクラブができてるじゃないですか」
「あら、人徳よ。
……それに、こうして堂々と歩けるの、久しぶりだから」
リリアは制服のスカートをふわりと揺らし、図書館の天井を見上げた。
「私は幼い頃から剣の修行と任務ばかりだったから。
普通の女の子みたいに、友達と笑ったり、寄り道をしたり……そういうのに縁がなかったの」
リリアの瞳に、寂しさと、微かな憧れが揺れる。
「だから、この任務……少しだけ、楽しいわ」
カイは口を閉ざした。
いつ死ぬかもわからない逃亡生活の中で、この学園生活は「かりそめの青春」だ。
「……任務が終わったら、また来ましょうよ」
カイは荷物を持ち直しながら、ぶっきらぼうに言った。
「身分偽装じゃなくて、ちゃんと正規の手続きでさ。
そん時は俺も、下男じゃなくて同級生として隣を歩きますから」
リリアが目を丸くし、それからふわりと笑った。
「……ふふ。生意気ね、下男のくせに。
でも……そうね。それも楽しそうだわ」
図書館の奥。
一般生徒立ち入り禁止区画の扉の前で、二人は足を止めた。
「ここか」
カイはノクスを起動する。
扉にかかった複雑な魔法鍵の構造が、赤い線となって視界に浮かび上がる。
『三重複合結界か。解除には200秒かかる』
「長いな。見回りが来るぞ」
「私が引きつけるわ」
リリアが制服の袖をまくった。
「誰か来たら、私が《道に迷った世間知らずのお嬢様》を演じて時間を稼ぐ。
その間に開けて」
「演技なんてできんの?」
「失礼ね。
……あら、先生! ごきげんよう! わたくし、迷ってしまいまして!」
リリアはいきなり声を張り上げ、通路の向こうから歩いてきた教師に向かって駆け出した。
その声色は、普段より1オクターブ高く、甘ったるい。
「きゃっ! 足が……!」
ドサッ。
わざとらしく転んでみせるリリア。
教師が慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫かね!? アインツベルン君!」
「はい、でも足首が……。先生、少し肩をお借りしてもよろしいですか?」
上目遣い。潤んだ瞳。
完璧なハニートラップだ。教師の顔が真っ赤になっている。
(……すげぇ。女って怖ぇ)
カイは冷や汗を流しながら、扉の解錠作業を急いだ。
リリアが稼いでくれた時間、1秒も無駄にはできない。
ジジジ……カチャリ。
「開いた!」
カイが目で合図を送ると、リリアは「あ、痛みが引きましたわ! 奇跡です!」と言ってスタスタと戻ってきた。
教師は狐につままれたような顔で取り残されている。
「……お見事です、お嬢様」
「当然よ。さあ、行くわよカイ」
二人は禁断の扉の奥、闇の中へと足を踏み入れた。
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