【プロローグ:夕暮れの脈動】視点:リーゼ ★新規POV
【全100話・完結済み】 本作を見つけていただきありがとうございます。 この物語は最終話まで執筆済みです。 安心して読めるエンタメを目指し、毎日更新でクライマックスまで一気にお届けします。
※カクヨム・なろうで同時連載中です。
<読み方ガイド> このプロローグは、物語全体の伏線を含む《少し重めの導入》です。 本編(第1話)からはテンポ重視のライトな冒険が始まります。
テンポ派の方は、第1話から読んでいただいても大丈夫です。
評議会が終わった。
王族や貴族たちは、それぞれの欲望と欺瞞を胸に隠し、評議会室を後にした。
黒鉄の金具で補強された重厚な扉が、鈍い音を立てて次々と閉じられる。
石造りの回廊に響く足音は、やがて遠ざかり、墓所のような静寂だけが残された。
リーゼ・レガルス王女は、長い議席の中央で、深窓の聖女のように瞳を閉じていた。
夕暮れの薄紅の光に包まれたその肢体は、極薄の硝子細工のように繊細で、現実味がない。
時が経てば失われてしまうであろう、春の雪のような無垢な輝き。
その光景は、一瞬の奇跡を切り取った名画のごとく、あまりに神々しく、そして儚かった。
評議会室には、まだ濃厚な葡萄酒の香りが澱んでいる。
高級なグラスが、いくつもの席に乱雑に置き去りにされていた。
王や貴族たちは、国の命運を左右する重要な議題を、酒を飲みながら、笑いながら、自分たちの利益だけを優先して決めていた。
鼻をつくその甘い芳香は、国政さえも酒の肴にする彼らの、腐りきった精神の臭いそのものだった。
(……また、何も変えられなかった)
リーゼは、深く息を吐いた。
議会の余韻が、まだ耳に残っている。
腐敗した貴族たちの声。
民の苦しみを無視し、自分たちの富だけを守ろうとする、醜い議論の数々。
それらが、頭の奥にこびりついて離れない。
(どんなに声を上げても、誰も聞いてくれない)
王女である彼女ですら、この国を変えるにはあまりにも小さな存在だった。
リーゼは、重い腰を上げて立ち上がった。
夕暮れの薄紅の光が差し込む窓辺へと、ゆっくりと歩みを進める。
外では穏やかな夕風が旗を揺らし、城下町の灯火が次々と灯り始めていた。
この美しさの中で、民は今日も苦しんでいる。
(母上……私に、何ができるのでしょう)
亡き王妃が語った言葉が、胸に疼きとなって蘇る。
──「いつか、この子たちを救う王になりなさい」
リーゼはそっと拳を握った。
その時、背に気配が走った。
「……王女殿下。まだ残っておられたとは」
振り返ると、黒鉄の鎧を纏った男が立っていた。
近衛騎士団長、ガルド。
幼い頃から彼の背中を見て育った。
強く、誇り高く、誰よりも国の未来を案じている──そう信じていた。
「ガルド。あなたこそ、こんな時間にどうしましたの?」
ガルドはわずかに視線を逸らし、窓の外を見た。
「……近頃、迷宮の封印区域に異様な魔力の濃縮が観測されています。
古文書に記された《鍵の目覚め》の兆候と符合する。
騎士団内で、不穏な動きがあります。
民の不満が膨れ上がり、反乱の火種となるやもしれません」
「だからこそ、私たちが変わらなければいけません。
本当に民のための政治を行えば──」
「理想で民の腹は満たせません、殿下」
ガルドの声は、抜き身の刃のように冷たかった。
「秩序に必要なのは慈悲ではない。絶対的な力だ。 力なき正義は、腐敗した貴族よりも罪深い」
リーゼの心臓が、早鐘を打った。
「……そのような言葉を、あなたの口から聞く日が来るとは」
ガルドは一歩踏み出し、巨大な影でリーゼを覆った。
「王女殿下。この国を治療する時間は、もう終わったのです。 これより先は、切除が──」
言いかけたその瞬間。 城の地下深くから、地獣の唸り声のような震動が伝わってきた。
壁の燭台が激しく揺れ、光と影が狂ったように踊る。
「……今のは?」
「……始まったか」 ガルドが恍惚ともとれる表情で呟く。
「七王家が封じた禁忌。《鍵》──ノクスが覚醒する時、迷宮は脈動するという」
直後、より巨大な──地鳴りのような衝撃が城を突き上げた。
リーゼの全身が粟立った。
──ノクス。
王家に伝わる多くの神話と歴史書に記される、七都市の命運を左右する最古の魔具。
それが動いたのだとすれば──国が、大陸が、歴史が変わる。
「殿下……私はこれより、ある『決断』を実行します」
ガルドが静かに言った。
「どうか、邪魔をなさらぬよう」
その言葉に、リーゼの心が警鐘を鳴らした。
「ガルド、まさか──」
ガルドは深々と一礼すると、踵を返した。
その背中は、かつての頼れる騎士のものではなく、血に飢えた修羅のそれだった。
(……何かが、決定的な何かが壊れてしまった)
リーゼは自室に戻り、机の上に広げられた古文書をめくる。
《黒き鍵ノクス、目覚める時、七つの都は争い、王国は灰燼に帰す。
だが、絶望の淵より《黒き星の同伴者》が『光』となり、運命を書き換えるだろう》
(……『光』。それはいったい?)
窓の外。夕空はもはや薄紅ではなく、どす黒い凝血の色に染まっていた。
その下で、黒煙が狼煙のように、不吉な形を描いて天へと昇っていく。
「……何が起きているの?」
リーゼは胸元のペンダント──母の形見である王家の紋章を握りしめた。
(私が……動かなくては)
この国を、民を、守るために。
その瞬間、背後の扉が乱暴に開いた。
「王女殿下!! 城内で反乱が!! 近衛の一部が──」
言葉は続かなかった。
廊下の奥から伸びた刃が、兵士の喉を無慈悲に切り裂いたからだ。
噴き出す鮮血が、磨き上げられた床を汚していく。
リーゼは、反射的に壁に飾られた剣を手に取った。
王族の儀礼用である、装飾過多な細剣。
人を殺すためではない、脆く美しい剣。
それでも、彼女は構えた。
(ここで退けば──全てが終わる)
リーゼは、絹を裂くような音と共に身を翻した。
ドレスの裾を翻し、血と炎の匂いが充満し始めた廊下へと駆け出す。
まるで、夕暮れの赤色が彼女を死地へと追い立てるかのように。
この瞬間、七都市の運命の歯車が狂い始めた。
そして、一人のEランク冒険者が、世界を揺るがす戦乱へと巻き込まれていく──。
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