第3話 予期せぬ訪問者
その瞬間、バンッと勢いよく扉が開く。
「あぁ、デイジー!会いたかったわ。私の可愛い娘」
「デイジー、よく戦場姫としての役割を全うしたな!父は嬉しいぞ」
「…………」
クリスティア公国に戻ってからいつかこういう日がくるとは思っていた。
目の前で涙を流し、嬉しそうに私に駆け寄ってくる2人の姿にフッと自嘲的な笑みがこぼれる。
「お父様、お母様……」
思った以上に感情のこもっていない声色に自分自身ドキリとした。
しかし、感極まっている両親は私のそんな様子にも気づかない。
「デイジー、さぁ、顔をよく見せて?あら、あなたか、髪が……」
肩で切りそろえられた髪を見て、母があからさまに眉をひそめたのを私は見逃さなかった。
貴族令嬢らしからぬ風貌を不快に思っているのだろうと容易に察せられる。
本当、お母様はあいかわらずのようね。
「……えぇ。戦争において長い髪は不要でしたから」
クスッと口角をあげる私を見つめ、
「そ、そうね……。確かに戦争の時に髪が長いと邪魔になることも多いでしょう。それに髪なんてまた伸ばせばいいものね」
取り繕うように口角をあげ、微笑む母。
私はそんな母の態度に内心冷ややかな視線を送った。
「こらこら、今更髪の長さなど問題ないだろう。デイジーの活躍は公国中で噂になっているのだから。アッシャー家の長女として最高の働きをしてくれている!私も鼻が高いよ」
ハハッと高笑いを浮かべる父に私も合わせて相槌を打つ。
だけど正直アッシャー家なんて今の私にとってはどうでもよかった。
それに、あれから2年という月日が流れている。
きっと、レオとアイリスが結婚してアッシャー家を継いでいるはずだ。今さら私には何の関係ない。
そもそも私は無事に戦場から戻った暁には、大公にお願いをして自身の爵位を希望する予定なのだ。
つまり、名実ともにアッシャー家とは縁を切るつもりだった。
そこまで考えて、私はキョロキョロと辺りを見回し、おもむろに口を開く。
「そう言えば、アイリスはどうしたのですか?ここには来ていないみたいですけど?」
そう。妹のアイリスの姿が見えないのだ。
「あ、あぁ。ア、アイリスは……」
「…………」
なぜか歯切れが悪い父と、暗い顔をして俯いている母。
2人の大好きなアイリスの話題なのに、なぜこうも口ごもるのだろうか。
不思議に思って私が首を傾げていると。
「アイリスは……その、昨年精神を病んでしまってね。今は療養中なんだよ」
父の口から飛び出した言葉に私は目を見開いた。
(……アイリスが?)
蝶よ花よと育てられているはずの彼女がなぜそんなことになっているの?
「そういうわけでな。デイジー、お前には再度レオとの婚約を結んでほしいと思ってる。アッシャー家はお前とレオに任せたいんだ」
「ふふ。彼のこと好きだったものね。よかったわね、デイジー。貴女も嬉しいでしょう?もちろん、貴女の帰還パーティーでエスコートしてもらう予定よ」
ニコニコと笑みを浮かべる両親を見つめ、私は絶句する。開いた口がふさがらないとはまさにこのことだ。
(婚約解消をして私を戦場に送ったくせに、再度婚約を結ぶですって……?冗談を言うにもほどがあるわ)
「お父様、お母様。私は……」
ふつふつとした怒りを感じつつも、なんとか冷静に言葉を紡ぐ私。
しかし、次の瞬間、
「デイジー……!会いたかったよ」
美しいブルーの瞳で、私を見つめる元婚約者のレオの姿が視界に飛び込んできた。
「いちだんと美しくなったね。本当に君が無事でよかった」
「…………」
無事でよかったですって?
どの口がそんな世迷い言を言っているのだろう。
彼の中であのバルコニーでの出来事はなかったことになっているのだろうか。
アイリスの代わりに戦地へ行けと言った張本人のくせに。
私がだんまりを決め込んでいると、膝をつき、恭しく手の甲にキスをしてくる彼にサーッと血の気が引いていく。
(っ、気持ち悪い……)
触られたところを早く洗ってしまいたい衝動にかられた。と、同時に胃がムカムカして急激な吐気に襲われる。
おそらくレオに対する拒否反応だろう。
「まぁまぁ。本当に仲の良い2人で安心したわ。ねぇ、あなた?」
「あぁ。これでアッシャー家も安泰だよ」
「義父上、義母上お任せください。私がデイジーと一緒にこれからのアッシャー家の繁栄に尽力いたします」
顔色が優れない私に気づかない3人は、ペラペラと都合のいい言葉を並べ立てていた。
そして、ぐいっと私の肩を自分の胸に引き寄せるレオに対して、私は反射的に彼の胸を押し、距離をとる。
(冗談じゃない。私はあの頃の気弱なデイジーとは違うの。こんな婚約絶対に従わないんだから!)
突然、身体を押しのけられたレオはポカンとした様子だ。
私に拒絶されるとは夢にも思っていなかったのだろう。
その表情からは、戸惑いが感じ取れた。
「デイジー……?どうかしたのかい?」
「あら、私と婚約だなんてレオ様ご冗談を。アイリスはどうされるつもりなんです??あれだけ私の妹のことを大事にしてくださっていましたのに……。私に戦場姫になってほしいと懇願されるくらいに」
フフッと上品に微笑む私とは対照的にレオはバツが悪そうに視線をそらした。
「いや、それは……」
口ごもるレオに、私はさらに畳み掛ける。
「私はレオ様と大事な妹であるアイリスが幸せになることを望んで戦場姫になったのですから、私のことなどお気になさらず2人で幸せになってくださいませ」
「ち、違うんだ。私は君を失って初めて、君の大切さに気づいて……」
取り繕うように言葉を紡ぐレオに、私はフルフルと首を横に振った。
「いいえ、そんなはずありません。あれだけ私にアイリスの代わりに戦場姫になってほしいと言われてましたもの。私はその思いを組んで戦地に行きましたのに今さら私と婚約だなんてありえませんわ」
私もこの2年で本当に強くなったものだ。
昔の私だったら、レオに言い返すどころか、嫌味の1つも言えなかっただろう。
「……ねぇ、お父様とお母様もそう思いませんか??」
嘲笑する私に向かって、父と母は口をパクパクさせるばかりで言葉が出てこないようだった。