第2話 2年後
「帰還パーティーなんて大層なものしてもらわなくてもいいのに……」
心底どうでもいいという口調で、言い放った私は小さくため息をこぼす。
戦地から帰還した私、デイジー・アッシャーは現在、城の貴賓室にいた。
戦場姫として無事に生還したことをクリスティア公国大公へ報告し、すぐ故郷へ帰還する予定だったがすでに狂ってしまっている。
貴賓室に閉じ込められてはや数日。
おとなしく待っていた私にようやく大公からの通達があったかと思えば、帰還パーティーの開催だなんて。
それに周りの視線も面倒だわ。
昔から腫れ物扱いは慣れていたが、今回「英雄」としての立場だからか、私が廊下を歩くだけでチラチラと視線を感じ、それはそれで居心地が悪かった。
「……騎士団の皆に会いたいなぁ」
ポツリと私の口から出た本音は、誰もいない貴賓室に消えていく。
2年前、何もわからない状況で戦場にやって来たお荷物の私を受け入れてくれたのは、共に死地へと派遣された第3騎士団の皆だった。
今、私がこうして無事に生き残ったのも彼等のおかげといっても過言ではない。
その中でも特に、団長のアレン・グランヴィルには恩がある。
『……っ。私は、誰からも必要とされてないの!いつ死んだって構わないから、もう放っておいて!』
婚約者に捨てられ、両親からも見放され、自暴自棄になっていた2年前。
『あのさ、悪いけど、俺の騎士団に配属されたからには簡単に死なれては困る。うちの失態になるからね。てか、そもそも、ここで生き残って君を妹の身代わりにした両親や元婚約者に一泡吹かせてやろうって思わないの?』
小馬鹿にしたような口調だったが、言ってることは至極真っ当で目から鱗が落ちたものだ。
私とそう年齢も変わらない青年が、騎士団を率いていることにも驚いたが、彼の言葉はなぜかストンと私の心に落ちてきた。
『ま、うちの騎士団の邪魔にならないよう端っこにでも隠れてなよ』
アレン・グランヴィル。
当時18歳という若さでクリスティア公国の第3騎士団団長に選ばれた凄腕騎士だ。
柔らかいプラチナブロンドの髪色に、グレーの瞳。
陶器のように透き通った白い肌は、血なまぐさい戦場で活躍している騎士とは思えないほど美しかった。
『戦場の堕天使』なんて異名があると後に聞いたのは誰からだったろうか?
でも、たしかにアレンの言う通りだ。
きっと誰一人として私が生きて帰ってくるなんて思ってもいないだろう。
そんな私が無事に帰ってきたら……?
少しは私を蔑ろにした父や母、レオに対する復讐になるかしら?
アレンにハッパをかけられてから、私は毎日を生き延びるために努力を重ねることとなる。
まずは、腰まであった髪を肩までの長さに切り揃えた。戦場で、女性だとバレたら何をされるかわかったものじゃない。そのために騎士団員と同じ格好をし、男性として紛れ込むことを選んだ。
次に私は、自分の身を守るために剣を学んだ。
伯爵令嬢だった頃は、握ったこともない重い剣を皆が寝静まったあと、寝る間もおしんでひたすら剣を振り、練習に励む毎日。
せめて騎士団のお荷物にならないよう、自分の身は自分で守れるくらいにはならないと必死だった。
その甲斐もあってか、今ではその辺の騎士にも引けを取らないくらい剣は使えるようになっていると自負している。
2年間の戦争は本当にあっという間だった。
もちろん、厳しい戦地では、仲良くなった騎士団員も次の日には死んでしまうなんて日常茶飯事で。
何度心が折れそうになったかわからない。
でも、『生き残る』というただ一つを心の支えに、私は毎日を生きてきた。
……そういえば、私が髪を短く切った時のアレンの顔は今思い出しても笑えるわ。
彼自身、自分でハッパをかけたものの、まさか伯爵令嬢である私が嫁入り道具ともいえる大事な髪を切るなんて思わなかったのだろう。
肩までの長さで切りそろえられた私の髪を見つめ、呆気にとられたアレン表情を見たのはあとにも先にもあの時だけだ。
いつも飄々とした彼の間の抜けた表情を見れて、ちょっとスッとしたことを思い出しクスッと微笑んだその瞬間。
――コンコン。
誰かが私の部屋をノックする音が聞こえ、私は、小さく反応してしまう。
……大公からの呼び出しだろうか?
そんなことを考えつつ、私は「どうぞ」と扉に向かって声かけた。