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第六話 シムネルケーキの謎

 残念美人の愛美ではあるが、基本的に才色兼備だ。料理もうまかったらしい。


「え!? このケーキ、愛美が一人で作ったの!?」


 朝早く家庭科室に行かないかと愛美に誘われた咲。


 そこにきて驚いた。


 作業台の上には華やかなケーキが一台ある。ナッツ系の香ばしい生地に白くアイシングがされ、卵形のマジパンが飾られていた。マジパンはちょうど時計の数字のように並び、SNS映えしそうな豪華さ。シムネルケーキという。


 卵形のマジパンは十一個。時計の数字だとすると一つ足りないが、これはイエス・キリストの弟子の数を表しているという。


「愛美、このケーキすご! 可愛い!」


 思わず歓声をあげ、スマホで写真を撮る咲。


「そう? これで新入生に刺さってうちの部活にきてくれると思う?」

「思う! 愛美天才だよ。美味しそうだし!」

「いいのよ。というかそんな褒めないで」


 珍しく愛美の頬は赤くなっていたが、このケーキは予想外の展開を見せた。


 新入生にこのケーキを配り歩いても大した効果はなかったが、なぜか家庭科部のメンバーには刺さってしまい、シムネルケーキ作りがブームとなっているそう。


「なんで!? どうしてこんな展開に!?」


 聖書研究会の部室で下唇を噛んでいる愛美。テーブルの上には例のシムネルケーキがあったが、愛美の表情は暗い。


「仕方ないよ、愛美。家庭科部で受けたんだから、いいんでは?」

「そんな。せっかくシムネルケーキ作ったのに」


 こうして暗くなっている愛美は、まさに残念美人といったところだ。


「まあ、私はシムネルケーキ食べよ!」


 正直、咲は聖書研究会に新入生が来ようか来まいがどうでも良かった。呑気にシムネルケーキを食べていた時。


 珍しく客が来た。


 咲や愛美も知った顔だ。隣の文系進学クラスの田嶋海香だ。


 海香は家庭科部の部長でもあり、愛美の計画を知ると協力してくれた人物だった。おっとりと優しい顔立ちだ。将来、確実に良い奥様になるような雰囲気で、体型も少しぽっちゃり気味だが、違和感はない。


 そんな海香が泣きそうな顔でケーキボックスを差し出す。


 そこにもシムネルケーキ。小さなサイズのシムネルケーキだったが、変なところがあった。卵形のマジパンが十二個。通常は十一個なのでおかしい。


「どういう事? このケーキ、同じ家庭科部の純華から貰ったんです。手作りで。でもマジパンが十一個。何か意図があるの……?」


 海香は泣きそうだ。海香も純華もクリスチャンなのだという。このマジパンの数は何か意図でもあるのか、悩んでしまい、愛美に相談しに来たという。


「えー、気にし過ぎかも? 単なる数え間違いでは?」


 咲はそう思う。確かに十二個のマジパンは、裏切ったキリストの弟子・ユダを現していると解釈できるが、考えすぎの可能性が高いだろう。


「愛美はどう思う?」


 愛美は咲の推理を真っ向から否定。


「男だったらこんな手の込んだ匂わせ行動はしないわ。でも女だったら、こういう事しがち。女は薄々、察してもらいたい生き物だから」


 そして十二個のマジパンのシムネルケーキをまじまじと凝視。


「もちろん、十二人以上のお客様がいる場合、このマジパンを十二個作る場合もある。そもそもイエス様の弟子は結局十二人に追加されたから、厳密には間違ってるもいないの」

「でも……」


 そんな愛美の推理を海香はなぜか否定した。顔も下を向き、指先もモゾモゾと動かしている。何か隠しているような素振りだ。


「海香さん、何か純華さんに隠している事があるのでは?」


 愛美の問いに海香の目元は涙で濡れていた。これは何かある。


 咲も愛美も特に事情を言うように促さないが、このシムネルケーキを食べながら、海香は話し始めた。


 海香と純華は幼馴染。お互い料理が好きで姉妹のように仲良しだったという。進路も同じ女子大を目指すぐらい。


 しかし海香は調理の世界に惹かれてしまい、最近は料理動画やレシピのSNS発信でバズる事もあるらしい。


「だからもう大学行くの辞めたくて。調理師の専門学校に行こうと考えてる」


 その海香の声はきっぱりしていた。おっとりとした雰囲気とは正反対の声。見た目と違って芯が強そうだ。


「その事、純華さんには?」


 愛美の問いに海香は首を振る。


「言えませんよ。純華を裏切っているみたいで」

「でも海ちゃん」


 咲は海香とたいして親しくないくせに、あだ名で呼んでしまう。確か純華がそう呼んでいるのを聞いたことがある。


「友達に何か隠されているのって嫌な気分だよ。もしかしてこの十二個のマジパン、ユダ視点っていうかイエス様視点じゃない? 裏切られている事も知ってるよ、っていうか」


 咲は自分の推理は自信は無いが、なんとなく純華の気持ちはわかる。直接言うのもなんとなく野暮だし、匂わせ行動をとったのでは?


「そ、そうかも……。私、純華と正直に話してみるよ」

「その方がいいわ。隠し事されている方が嫌だからね」


 そういう愛美に押され、海香は部室を出て行った。


 後日、海香から報告を受けた。愛美の推理は合っていた。進路を隠されている方が裏切られた気分になった純華は、シムネルケーキのマジパンの数で表現してしまったとか。


 今は仲は元に戻り、海香も調理師の専門学校に行く事を決心しているという。


「進路は別々になるのだけど、まあ、そんな事で関係性は変わりないかもね」


 最後に海香はそう呟き、部室から去って行った。


 こうしてシムネルケーキの一件が解決した。今日も新の新入生の為に焼いたシムネルケーキを切り分け、紙皿に持っていた。


 この甘い匂いだけで新入生もきてくれれば良いが。


「ところで愛美は私に隠し事してない?」


 ついつい咲も聞いてしまう。シムネルケーキの一件を思い出しつつ。


「してないわよ」

「そう?」


 少し信じられない気持ちになったが、そろそろ春も終わる。


 桜の木々には緑の葉っぱも出てきた。季節の変化もある。人の気持ちも変わっても不思議ではない。今の愛美と未来の愛美が違っても、驚きはしないだろう。


「さあ、また新入生へアピールしに行くからね!」

「うん!」


 咲は笑顔で頷くき、シムネルケーキの十一個のマジパンを見つめていた。

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