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第五話 フィナンシェの謎

 聖アザミ学園のイースターイベントも終わり、すっかり静かな毎日だ。学園の庭にある桜の花も次第に散りっていた頃。


「新入生をうちの部活に入れたいわ。なので、作戦を立ててみたの!」


 放課後、聖書研究会の部室へ向かった咲だが、今日の愛美はやけに元気いっぱい。テーブルの上は苺味のフィナンシェやクッキーも並び華やかな雰囲気だったが、愛美はこんな計画を話す。


 まず聖書と関係が深い菓子を作り、それを配りながら新入生に部活内容を伝えるのはどうか、と。


「そんなんで食いつく?」


 咲も菓子は好きだが、効果があるかは未知数だった。


「食いつくわよ。昔の日本人だって宣教師が持って来た金平糖やカステラに食いついたんだから」

「今時金平糖やカステラでは食いつかないよ」


 咲は冷静なツッコミを入れた。今はコンビニスイーツもある。美味しい菓子は手に入れやすい。しかも学園はお嬢さまも多い。美味しいお菓子は慣れている。飽きているかもしれない。


「ええ。だからマニアックなイギリスの菓子や修道院菓子でつろうと思うの。今の時期ならイギリスのイースター菓子、シムネルケーキがいい」

「愛美、何そのケーキ?」

「聞いたことないでしょう」


 愛美は若干胸を張りつつシムネルケーキについて説明を始めた。イギリスのイースター菓子で、卵形のマジパンの飾りは十一個ある。これはイエス・キリストの弟子の数を表す。本来は十二人の弟子がいたが、イエスを裏切った裏切り者のユダを抜くと十一個。こんな由来があるという。


「もっともイエス様の弟子は、後で追加されて十二人になったけどね」

「へえ。それはマニアックなケーキだ」

「という事で思い立ったら吉日。料理部に家庭科室を使わせてくれないか交渉してきるから!」


 愛美はそう言い残すと笑顔で去っていく。一人残された咲は、やる気いっぱいの愛美に苦笑するしかない。


「愛美は元気だね」


 呟きつつ、苺味のフィナンシェを頬張る。バターの風味も濃厚で思わず咲も笑顔だ。


 その翌日の事だった。今日は放課後にカフェでのバイトがあり、咲はせっせと動き回っていた。


 もう夕方近いのにお客様が多い。看板猫のミャー目当てに来る客も多く、てんてこ舞いだ。


 そんな中でもカフェを覗いている人に気づく。


「ミャー?」


 窓辺にいるミャーも首を傾げているのに気づいた。


 その人はどこかで見覚えがあった。確か学園の売店で働くパートさんだ。年代は七十代らしく、働きぶりはノロノロで生徒達からバカにされていた。確か名前は飯田直子だったが、なぜカフェを覗いているのか。


「カフェに入りたいのかな? 店長、お客様呼んできまーす!」


 咲は店長に許可をとり、直子を迎えようとしたが、なぜか逃げられた。


「私にはこんなカフェに行っていい資格なんてないから……」


 そんな言葉と共に。


「え?」


 咲は意味がわからず首を傾げた。閉店後、店長の泉美に聞いても分からない。結局、次の日、部室で愛美に相談していた。


 今日のお菓子も苺のクッキーとフィナンシェだ。特に苺のフィナンシェは甘酸っぱい香りも漂い、愛美も笑顔で食べていた。


「そうか。あのパートの直子さんがカフェを覗いていたのね」


 愛美は苺のフィナンシェを齧りつつ、推理を披露していた。


「今の世の中、物価高、高い税金、低い時給だからね。特にさまざまな事情で年金で生活できない老人も多い。社会的な都合でどうしても最低賃金で生活しないといけない人も多いから」

「え、そんな……」


 そういえば直子の髪はボサボサの白髪だった。染める余裕もないのかもしれない。


「このフィナンシェはもともと金融家が片手で食べられる菓子という起源がある。この四角い形も金の延棒という意味も」


 ここで愛美は咳払いをし、再び話し始めた。


「資本主義経済は、完璧なようで制度のバグもあるから。本当はこんなフィナンシェみたいに甘くはない」

「えー、そう?」


 咲が資本主義経済が一番だと思っていたが、視野が狭かったのかもしれない。


「だったらどうすれば?」


 昨日見た直子の表情を思い出す。涙目だった。可哀想。なんとかできないか。


「社会保障の充実しかないわね。福祉が誰でも受けられるように充実させる事が解決策でしょうけど、そこにも色々バグがある。なぜか外国人や怠け者が優遇されたり。弱者である事を主張したもん勝ちみたいな所があるからね」

「わー、だったら解決策ないじゃない」


 甘いフィナンシェを食べていたのに、すっかり気分は暗い。苺の甘酸っぱい香りだけが救いだ。


「しかたない。私達女子高生ができる事はないわ」

「でも」


 咲は口を尖らせるが、急に頭に閃くものがあった。


 こういうフィナンシェみたいな小さな焼き菓子とコーヒーのセットをカフェでリーズナブルに出せないだろうか。店長の泉美に相談しないりダメだが、あのカフェのメニューは決して手が届かない値段でもない。


 それに直子に敬意をはらことはできる。お金は払えないが「いつもありがとう」という言葉と笑顔は支払える。


 という事で咲は店長の泉美にフィナンシェのワンコインセットが出せるかどうか相談してみた。


 泉美は渋い顔だったが。期間限定のフェアだったら可能かもしれないと色々と検討してくれた。まだメニューになるかは不明だが、泉美が試作した苺のフィナンシェも美味しく、咲は「これは売れるのでは?」と確信するほどだ。


 そして学園の売店に行った時の事。


 昼休みのせいか売店は混み合っていたが、直子は鈍臭く段ボールを落とし、生徒達はクスクスと笑っていた。


「わー、私はあんな底辺職になりたくない」

「ダッサ。私のパパは年収一千万だし」


 そんなマウントもとる生徒もいて、咲はついつい注意しようと思った時。


「直子さん、大丈夫よ。一緒にダンボール閉じましょう」


 愛美がさっと直子に手を差し伸べた。まるで王子様のように紳士な態度だった。


「いつもありがとう。直子さん達のおかげで私は勉強に専念できる。感謝してるわ」


 キラキラとした笑顔で直子の手を取る愛美は、どこからどう見てもお嬢さまだ。品が高く、清く、正しいお嬢さま。


 結局、直子をいじめていた生徒達は、尻尾を撒いて退散した。


「ほー、愛美はお嬢さまだわ……」


 咲は苦笑しつつも、売店でパンや文房具を選ぶ。


 愛美は聖書ヲタクで字も下手。残念な部分も多いけれど、やはり芯はお嬢さま。


 愛美のそんな所は見習いたいと思う咲だった。


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