第四話 復活祭と仔羊のケーキの謎
春といえばイースター。クリスチャンの咲はイースターは馴染み深い。教会でもエッグハントなどのイベントをしながら育った。
イースターはイエス・キリストが十字架にかけられた後、復活された事を祝うイベントだ。起源は諸説あるが、近年ではイースターを祝う日本企業も増え、商店には卵やウサギなどのグッズも並ぶようになった。
聖アザミ学園も腐ってもキリスト教系列の学校だ。今年もイースター礼拝だけでなく、エッグハントや卵料理の屋台などのイベントが開かれる予定だ。
「私は断固としてイースターは祝いません!」
聖書研究会の部室に愛美の声が響く。元々芯が強くはっきりとした物言いの愛美だが、今日は腕を組み、かなり不機嫌。
「聖書にはどこにもイースターを祝えなんて書いてない。ウサギや卵も全くイエス様と関係ないから! そもそもイースターが満月の日とか本当に聖書と関係ない。だから私は絶対に祝わない!」
愛美はバンとテーブルを叩く。そのテーブルには大きな仔羊のケーキがあった。仔羊の肉で作られたケーキではない。材料は通常の焼き菓子と似ているが、仔羊の型で焼かれる。
これは正式名称はアニョー・パスカルという。フランス語でアニョー(仔羊)、パスカル(復活)という意味になるイースターのケーキ。
「そもそもイースターという言い方も気に食わないから。復活祭と呼ぶわ!」
「それはいいけど愛美。この仔羊のケーキはいいの? イースター反対ではないの?」
咲は単純に疑問。これだと言っている事とやっている事に矛盾がある。
「このケーキは父に買ってきて貰ったの。日本でも買えるところは少ないから大変だったとか」
「それでもイースター反対なの?」
愛美のお嬢さま特権にもため息が出そうだが、目の前にある仔羊のケーキは単純に可愛い。粉砂糖も雪のように綺麗だし、優しい仔羊の表情は癒される。
「仔羊は聖書でもイエス様を表すものだから良いの。でもイースターのウサギや卵,満月は聖書に根拠がない。だから私は祝わない」
「もう、愛美。聖書ヲタクすぎるよ。普通に学園のイベントとして参加したら?」
「いやです。イベントの日はここで引きこもてこのケーキを食べる。このケーキは賞味期限一週間も持つから」
案外頑固な愛美に咲はため息しか出ない。
「まあ、私はイースター楽しむよ。単純にイエス様の復活すごーって感じでいいじゃん」
「そうね……。ま、考え方の違いね。お互いに尊重はしましょう」
「そうだね。イースターごときで愛美と揉めるのもくだらないし」
「そうよ」
という事で愛美とイースターの考え方は違うが、咲は普通に楽しむ事にした。
そしてイースター当時。
イースターエッグのイベントが校庭で行われるはずだったが、教師たちが集まり、騒然としていた。
「高橋さん! あの佐倉愛美さんはどこにいるか知ってる!?」
聖書研究会の顧問・春日部が血相を変えてやってきた。
校庭の隅にいる咲はすぐに春日部の側へ。
「愛美? 知りませんよ。先生、どうしたんですか?」
「実は……」
春日部によると、職員室にイースターを中止すろという脅迫メールが届いたらしい。
「えー? 脅迫!?」
「大事にしたくないから警察に言ってないわ。たぶん熱心な原理主義的なクリスチャンの仕業だろうって学年主任が……」
だから愛美を疑い、彼女を探しているという。
咲は冷や汗が流れた。状況的には愛美がやった可能性はある。しかしお互いに尊重しようと発言していた愛美がする事に思えない。
そもそもお嬢さまの愛美だ。育ちだって良い。どうしても脅迫状を出すタイプじゃない。確かに残念美人だ。イースターに怒ってはいたが、手荒なマネをするタイプじゃない。
咲には確信があった。犯人は愛美ではない。
「春日部先生、ちょっと待っていて!」
咲は走った。いわゆる原理主義的でイースターやクリスマスに否定的な生徒はいないか聞き込みを始めた。
新入生のクラスに行くのは恥ずかしかったが仕方がない。恥をしのび、汗を流しながら、ついに怪しい人物の名前を聞き出した。
二年A組の片川真理という名前の生徒が特徴に当てはまる。
問題は真理の行方がわからない事。広い校舎を走ったが見つからず、結局、部活棟も聖書研究会の部室に帰った。
「え? この子、誰?」
すると、愛美と知らない女生徒がお茶を飲んでいた。
しかも女生徒の方は目が腫れている。涙声だったが、片川真理と自己紹介された。
メガネ姿でいかにも真面目そうなルックスだった。制服もキッチリ着ている。スカートの丈も長く、咲よりももっとヲタクっぽい雰囲気だったが。
「実は聖書に興味がありそうな生徒に声をかけ、うちの部活に入らないか勧誘していたの。で、この真理さんと気があってお茶してた」
愛美はニコニコと笑顔だ。
探していた真理が目の前にいる。咲は結局、骨折り損になったが、はっきりさせなければ。
真理に直接、脅迫状の件を聞く。すると、さらに真理は泣いてしまった。どうやら愛美も真理がした事に薄々気づいているようで,苦笑しながら紅茶を啜っている。
「許せなかったんです。起源が悪いイースターイベントをやる事に。聖書にはウサギや卵、満月なんて出てこないのに!」
咲は驚きで変な声が出た。真理は愛美と全く同じ言葉を言っていたから。
「ええ。私もそう思う。でも真理さん、そのやり方はよくなかったと思う。脅迫状出しても納得してくれる人は少ないよ」
「ま、愛美の言う通りです! 普通の日本人はイースターの起源とか深い意味とか、全く考えてないですよ!」
咲も愛美と同意見だ。同じ思想でも、ここまで差が出るのは奇妙なぐらいだ。
「大丈夫。フランスでは仔羊のケーキもある。全部がウサギや卵だけの復活祭じゃないから」
「う、うん……」
結局,愛美に慰められ、真理は泣きながら仔羊のケーキを食べ、職員室へ向かった。自分のした事を全部教師に伝えるという。
こうしてイースターのイベントは通常通り行われた。エッグハントや屋台も大盛況だったらしいが、愛美と咲は部室で静かに過ごす。
仔羊のケーキを切り分け、紅茶と共に楽しんだ。遠くでイベントの喧騒は聞こえてくるが、こんなイースター、いや、復活祭の過ごし方も悪くない。
「仔羊のケーキ、美味しい!」
「そうね、咲。さあ、主に感謝を捧げましょう」
二人で祈っていると、咲は余計に楽しくなってきた。
正直、イースターやウサギ、卵などはよく分からない。咲にとっては起源などはどうでも良い。こうして静かにい祈る事ができれば,細かい事を気にするのも無駄な気がした。