第二話 お花見の三色団子の謎
聖アザミ学園はとにかく広い。小等部から短大まである為、全ての施設を回ったら三十分ぐらいかかるかもしれない。
咲たちがいる高等部も広く、校舎から部活棟まで歩くと息が切れる。
科学実験室や家庭科調理室が集められた棟もある。もちろんキリスト教の学園らしく礼拝堂もある。
そういう意味では普通の学園と少し違った雰囲気の場所だったが、部活棟の三階の北側に位置する聖書研究会の部室にたどり着いた咲は、ため息が出ていた。
相変わらず愛美が作ったあのポスターも貼ってあったし、部室の扉を開けると甘いチョコレートの匂い。テーブルの上にはホットココアとチョコレートが並び、愛美は優雅にそれを楽しんでいた。
部室をアフタヌーンティールーム化させ、学年主任に怒られた愛美。これでもかなり控えているらしい。さすがに紅茶の茶器類やケーキスタンドは消えていたが、放課後にまったりとお菓子を楽しむ愛美は、残念美人らしさは薄い。
背筋を伸ばし、指先まで神経が入っている。クッキーを持つ手まで優雅。
「ごきげんよう、咲」
そんな台詞も違和感はない。むしろ板についている。お嬢さま学園といっても「ごきげんよう」などと言うのは愛美ぐらいのものだが。
「ごきげんよう? っていうか、優雅だねー」
咲も愛美の隣に座り、チョコレートクッキーを食べる。美味しいが、今の季節に食べるのは少し重い。部室の窓から見える桜の花びらも満開だ。チョコレート系の菓子は二月というイメージがどうしても強い。
「そうね。確かにチョコレート系は重かった!」
「愛美ってけっこう抜けてるよね?」
「そうかしら?」
「そーだよ。っていうか、新しい部員とか来た? 新入生とか」
「いいえ、全くよ。この学校一応キリスト教よね? なぜ聖書研究会に部員が集まらないの!? 聖書はこんなに面白いのに!」
愛美はペラペラと聖書知識を語り、優雅なお嬢様の姿は崩壊気味。ヲタクにしか見えない。そんな時だった。
「あらー、佐倉さんに高橋さん。何やってるのよ」
そこに現れたのは顧問の春日部胡桃だ。二十五歳の英語教師で茶髪でメイクも濃く、ギャルっぽい。生徒からも若干舐められてはいるが、部活も自由にして良いという甘い先生だ。そもそも婚活に忙しいようで、部室にも全く来ない。
「うそー、これ佐倉さんが持ってきたクッキー? ココアもおいしい!」
お菓子に喜ぶ春日部は全く教師らしくなく、愛美や咲とぺちゃくちゃ話しながら、すっかり長居していた。
もっとも春日部の出す話題は恋愛ばかり。婚活で出会った男の特徴などなど。
「先生、そんな婚前交渉はいけませんよ。霊的な繋がりが深くなり、別れるのに大変になって傷つくんですから。だから復縁したいとか執着したりするんです」
こんな時でも愛美はマイペースに聖書トークを語り、春日部の口元は引き攣っていたが。
空気を読んだ咲は話題を変えた。
「春日部先生は,婚活でハイスペな医者とか出会えました?」
チョコクッキーをバリバリと咀嚼していた春日部だったが、急に止まった。
「実はね……」
春日部は若干言いにくそうだったが、話始めた。
先週、婚活相手の医者の男とお花見に行ったそう。春日部が用意したコンビニの三色団子を二人で食べたそうだが、急に相手が黙りこくったらしい。
「どう言う事? その後、全く話題が盛り上がらず、コンビニの三色団子不味かった?」
春日部は涙目だった。咲は落ち込んでいる春日部を宥めたが、愛美は逆。
メモを取り出し、その男の特徴を細かく聞き出していた。
男の名前は園田裕翔。とある大病院の御曹司で、代々医者一家。母親も厳しい人だったとか。
「他に特徴は?」
「そうね。確かにファストフードやコンビニ食食べないとは言ってたけど。やっぱり私がコンビニの持って行ったのが悪かったのかしらね?」
愛美の質問に春日部はどんどん落ち込んでいく。
咲は三色団子にヒントがありそうな気がした。スマートフォンを取り出し「三色団子」と検索。赤は桜、緑は新緑、白は雪or酒を表す説が出てきた。
「先生、たぶん、この色にまつわる暗号ですよ!」
胸を叩き、この説を押したが、愛美はしらっとした目を浮かべていた。
「違うわ、咲。おそらく園田さんはコンビニの三色団子の味に感動し、言葉を失っただけ」
愛美の声はよっぽど自信があるのか、堂々としていた。
「たぶん、園田さんのお母さんは教育ママよ。医者一家でしょ? 食べ物とかも厳しかったんじゃない?」
ここで愛美はチョコレートクッキーを咀嚼し、頷く。
「私も経験あるから。ずっと天才パティシェやシェフの味で育ったから、コンビニ食を食べたい時、感動して固まったから。これが庶民の味かーって!」
愛美は目を輝かせていた。言葉だけだと少々嫌味っぽいが、愛美が語るとそうでもない。
「確かに。お花見のお菓子って庶民から発展したってネットに書いてあるよ。先生、たぶん愛美の推理があってます!」
咲も太鼓判を押し、春日部は少々戸惑いながら帰っていく。
その数日後。春日部から報告があった。愛美の推理通り、コンビニの三色団子の味に感動し、言葉が出なかったという。
「園田さんとはまたデートの約束しました!」
などと笑顔で語り、この一件は綺麗に解決と言って良いだろう。
「という事で、愛美。コンビニで三色団子を買ってきた!」
咲はコンビニの袋を掲げ,部活棟の庭に向かい、二人でベンチに座る。
見上げた桜の花は満開だ。ふわふわと綺麗なピンク色は心まで華やかにしそう。
「うーん。三色団子美味しい!」
咲はキャッキャと三色団子を楽しんだ。語彙も崩壊し「美味しい!」としか言えなかったが、隣にいる愛美は無言。もくもくと三色団子を食べていたが、不機嫌ではない事は確か。
愛美の大きな目は子供のようにキラキラと輝き、長いまつ毛が揺れていた。
「やっぱり庶民の味、最高……」
「愛美、コンビニスイーツの奥深い世界へようこそ!次はどら焼き、葛餅、あんみつとか色々食べよ!」
「うん!」
二人とも笑顔で頷く。
どうやら愛美も咲も花より団子らしいが、きっと悪くない。二人で食べたら余計に美味しいのだ。