プロローグ
聖アザミ学園の生徒は、お嬢さまばかりという噂があった。
キリスト教の理念をベースにした小学校から短大までの女子校で、派手なリボンのセーラー服も目立つ。有名デザイナーを起用した可愛い制服だった。
偏差値は一時期よりもだいぶ下がってはいたが、可愛い制服のおかげで近隣住民からもお嬢さま学園というイメージが保たれていた。
聖アザミ学園に関わらず、キリスト教系の女子校はお嬢さま学園というイメージがある。
漫画や小説などのエンタメではキリスト教の女子校は清く、正しく、美しい場所として描かれる事が多いのかもしれない。「ごきげんよう」と挨拶されているような雰囲気で。
「はぁ。どうしてうちの学園はキリスト教の系列なのに、クリスチャンは少ないの!? 何で聖書研究会には誰も入っていないの!?」
聖書研究会の部室で部長の佐倉愛美の声が響く。聖書研究会らしく本棚には聖書や神学の本がぎっしりと詰められ、壁にはイエス・キリストの系図タペストリー、イスラエルあたりの地図、聖句が書かれたポスターが貼ってあった。
「部長。っていうか愛美。仕方がないって。お嬢さま学園といってもだんだん頭悪くなって来ましたからね」
そんな愛美にツッコミを入れたのが、同じく聖書研究会のメンバーの高橋咲だ。
咲は一応、今は聖書研究会の副部長という立場だったが、元々は漫画研究会、料理部、手芸部など色々なところに顔を出していた。が、放課後のバイトもあり、つまみ食いで楽しんでいた部活を全部辞めたのち、愛美のいる聖書研究会に入った。
咲にとって愛美は同じクラスの友達だ。聖書研究会のメンバーがいないと泣きつかれ、結局、この春から入部する事になったが。
今日もこうして愛美と一緒に部室に来てみたが、幽霊部員ばかりで誰も来ない。二人で聖書勉強をしても全く盛り上がらず、結局、愚痴大会になってしまった。
「そうだけどー。この学園って礼拝や聖書の授業もあるのに、なんで誰も来ないのー! もうこれ以上人が来ないと廃部の危機!」
愛美はもはや涙声だ。
これでも愛美は学園内では才色兼備のお嬢さまで有名だった。
黒髪のショートカットは愛美の整ったフェイスラインとよく似合い、成績も学年トップ。英語ペラペラ。この学園長の遠縁の娘で、両親はホテル経営者だという。上品なお嬢さまとして後輩からも人気。たぶん、宝塚的な憧れもありそう。
そんな一見完璧なお嬢さまの愛美だが熱心なクリスチャンで聖書ヲタク。聖書研究会でもかなりマニアックな知識を披露し、一応クリスチャンの咲もドン引きさせる事もしばしば。
こんな風に人一倍聖書研究会に情熱を傾けている姿も咲にとっては「残念美人」にしか見えず、思わずため息。
咲はお嬢さまではなく、かわいい猫と漫画好きなヲタク気質な女子高生。
愛美の事は好きだけど、やっぱり住む世界は違うのか。今のところ、咲と愛美の共通点は、三年A組の文系進学クラスという事、聖書研究会部員、クリスチャン、性別が女というぐらいしかない。
そんな事を考えていたら、咲の頭の中で閃くものがあった。
「だったら愛美。聖書をベースにしながら、学園のみんなと悩み相談とか乗るのどう?」
「えー?」
涙声だった愛美も、急に目がキラっとしてきた。
「そうだよ。私たちが牧師さんみたいにみんなの相談乗るのっていいんじゃない? お茶とお菓子を用意したら、フラッと来る子もいるんでは?」
「なるほど……。昔の宣教師も南蛮菓子で日本人に広めていた……」
愛美は前髪をかきあげ、ぶつぶつと考え込んでいたが、急に顔をガバっとあげて、咲の肩を揺さぶってきた。
「咲! このアイデアいいじゃない! さっそく実行!」
「えー!?」
愛美は思いったったら即行動するタイプらしい。お嬢さま特権を利用し、菓子やお茶を発注し、部室にもティーテーブルやティースタンド、茶器なども買い揃え、部室の扉にはこんなポスターも貼った。
「皆さんの悩み、困りごと、謎を聞きますって書いてあるけど。謎? 愛美、謎って何?」
「ええ、きっと謎を持ち込む生徒がいるはず!」
愛美はドンと胸を叩くが、咲は首を傾げていた。
この学園にはいじめ問題もあり、咲も巻き込まれていた事もあったが、他は概ね平和。そんな謎など持ち込まれるのか。それ自体がもはや謎。
それでも愛美は実に楽しそうに聖書を読んでいた。友達が楽しそうなら、まあ、いいかと思う咲だった。