第九十一話 制地権
――「戦いが終わる」という言葉が、如何なる救いも内包していないことを、敗者たちは間もなく思い知ることになります。
剣戟の響きが止み、硝煙が風に流された後に訪れるのは、待ち望んだ平穏などではありません。それは、死神が「収穫」の手を止め、代わって「管理」という名の鎖を、生き残った者たちの首筋に、冷たく、そして丁寧に巻き付ける時間の始まりです。
セシェスを支配していたタズドットの旗が泥に塗れ、レイ将軍という名の「合理性の化身」がその地を踏みしめたとき。
この地における絶望の形は、一個の武力による「破壊」から、組織的な行政による「搾取」へと、美しく、そして悍ましくその姿を変貌させました。
『制地権』
その三文字が意味するのは、単なる軍事的な占領ではありません。
それは、大地に眠る資源の最後の一粒までを、そして、そこに生きる人々の呼吸の最後の一回までを、リムリアという巨大な渇望を癒やすための「部品」として登録し、管理し、使い潰すという宣告。
かつて友を失い、復讐という名の火を瞳に宿したジギフリット。
戦場という名の狂気の中でこそ輝くリーヴェス。
そして、人の命を「数字」として計算することに一切の躊躇いを持たないビテン。
異なる色を持つ彼らの意志が、レイ将軍という冷徹な心臓を通じて一つの「殺戮機構」として噛み合ったとき。
そこには、一滴の慈悲も、一瞬の猶予も、一筋の逆転の芽さえも許さない、完璧な『支配の数式』が完成しようとしていました。
さあ、幕を開けましょう。
「敵を殺す」という残酷な遊戯を終え、「敵から全てを奪う」という冷酷な義務へと移行する、その静かなる儀式を。
――新しき帝国の足音が、踏みにじられた者たちの絶叫を塗り潰していく。
その、あまりにも「機能的」で「非情」な夜明けを。
ボントゥスの軍が雲散したことにより、セシェスの野におけるタズドットの組織的抵抗は、あとかたもなく潰えた。
勝鬨はあがった。だが、将軍レイの眼光は、単なる武功の先にある地平を見据えていた。
武をもって敵を破るは、覇業の序幕に過ぎない。才ある者が一国を望むとき、真に恐るべきは、戦場での剣戟ではなく、その後に敷かれる法と秩序の浸透である。
レイが欲したのは、敵の骸という無価値な残滓ではなく、この地が生み出す富と力そのものであった。すなわち「制地権」の完全なる掌握である。
彼は、この地をリムリアの恒久たる版図とし、タズドット本国へ進軍するための揺るぎなき策源地と化す構想を抱いていた。戦いは、矛を交えて血を流す「動」の段階を終え、統治と経綸によって大地を縛る「静」の段階へと移行しようとしていたのである。
レイは、ボントゥスの本陣跡に麾下の諸将を招集した。
天幕に参じたのは、ジギフリット、リーヴェス、ビテンの三副将、そして大隊長レナードである。
なかでもジギフリットの面構えは、連戦の疲労を感じさせず、一種の凄艶な気を放っていた。友・マルクという得がたき片翼を失った悲哀は、レイという一個の知性に殉ずる覚悟によってすでに昇華され、将軍への烈々たる忠誠と、武人としての峻烈な使命感に変じていた。
レイは、集った股肱の臣を見渡し、静謐な声で問うた。
「気力はいかばかりか。戦塵の疲れもあろうが、時は待たぬ。次なる階梯へ進むゆえ、心せよ」
その問いに、磁石が鉄を吸い寄せるが如き速やかさで呼応したのはジギフリットであった。
「気力は充実しております。将軍の智謀と我らの武勇、まさに金石の交わり。次なるは残敵の掃討か、それとも富の収奪でありましょうか」
その言葉には、昂揚する闘志のみならず、将の意を汲んで即座に動かんとする渇望が満ちていた。
レイはわずかに頷き、その瞳に冷徹な理の光を宿して答えた。
「敵を撃破して終わりではない。我々は、この地に根を張り、骨肉に至るまでリムリアのものとせねばならぬ。よって、制地権の掌握に努める」
レイのいう制地権とは、単なる兵の駐留を指すのではない。
それは、旧来の無為な秩序を根こそぎ破壊し、ビテンが司る苛烈な管理機構によって、民の呼吸一つ、草木の一本に至るまでを効率的に搾取する体制を敷くことである。国家とは巨大な器であり、その中身を入れ替えるには、時に血を流すよりも過酷な変革を強いねばならぬ。
レイは地図の上に策を布いた。
リーヴェスには、武をもって残存する官吏や民兵を徹底して狩り出し、要路を確保する任を。
ビテンには、即座に人馬を検分して登録し、新しき支配の法と徴収の系譜を構築する任を。
そしてジギフリットには、全軍を統率し、レイの意志が末端に至るまで鉄の如く執行されるよう監視し、支援する任を与えた。
「制地権とは、武と政、この両輪が完全に機能して初めて手に入るものだ。片輪が欠ければ、覇道は泥に埋もれる」
レイの言葉は、熱を帯びながらも氷のように澄み渡っていた。
三人の副将は、その意図を深く呑み込んだ。それは、単なる上命への受諾ではない。ミケ軍という一つの巨大な意志、あるいは一つの生命体に同化していく「機能的な共鳴」であった。
彼らは互いの役割における非情を是とし、合理の極致へ邁進することを、言葉を介さずとも誓い合った。
この軍議をもって、ミケ軍の戦いは、敵を屠る修羅の道から、新たな帝国を築く覇者の道へと、明確に変貌を遂げたのである。大地は、その非情な新しき主を、沈黙をもって迎え入れようとしていた。
はい、というわけで。
皆さん、今回のミケ軍の「お仕事」っぷり、いかがでしたか?
戦場に勝鬨が響き、ようやく一息……なんて読者の淡い期待を、レイ将軍がその冷徹な軍靴で完膚なきまでに踏みにじってくれましたね!
「敵を倒すのは序幕に過ぎない」なんて、普通の主人公が言えばカッコいい台詞のはずなのに、彼が言うと「さあ、ここから効率的に搾り取る作業の始まりだ」という、血も涙もない宣告にしか聞こえないのが最高に彼らしいです。
個人的に今回一番きたのは、ジギフリット副将軍の変貌ですよ。
「気力は充実しております。次は残敵の掃討か、それとも富の収奪でありましょうか」
見てください、この清々しいまでの「汚染」っぷり!
少し前まで友の死に涙していたはずの若武者が、今やレイ将軍という巨大な知性の歯車の一部になって、略奪や収奪を「次のタスク」として楽しそうに報告している。
この、「本人は成長したつもりで、人間性の根っこがどんどん摩耗していく」という描写。作者、書いていて本当にゾクゾクしました(笑)。
そして、レイ将軍が説く『制地権』という名の檻。
武力で殺すよりも、行政で「生かさず殺さず管理する」方が、よっぽど残酷で、よっぽどリムリアにとって有益であるというこの合理性。
ミケ軍の三副将が、言葉を介さずとも「機能的に共鳴」して、それぞれの役割(虐殺、選別、監視)へと散っていく姿は、まるで一つの巨大な怪物が目覚めたかのようでした。
「敵を屠る修羅の道」から「新たな帝国を築く覇者の道」へ。
一見すると格調高い変化ですが、作品的に言えば「もう後戻りできない地獄への特急券」を全員で握りしめた瞬間でもあります。
さて、完璧な支配体制を整え始めたレイ将軍。
一方で、外交という名の幻想にしがみつくタズドット本国。
この、「冷徹な現実主義者」vs「甘い理想主義者」の勝負、果たしてどんな無残な結末が待っているのか……。
――鞭の音が、セシェスの大地の鳴き声のように響き渡る。
そんな新時代の幕開けを、皆さんも一緒に「特等席」で見届けてくださいね。
それでは、次話。さらに洗練された「搾取の現場」でお会いしましょう!




