第九十話 鞭と笑顔の本陣
――「分かち合う」という行為が、これほどまでに悍ましく、そして温かなものだと、誰が想像できたでしょうか。
セシェスを覆っていた硝煙が晴れ、静寂が戻った戦場。そこに響き渡るのは、勝者たちの歓声と、知略の支配者を讃える無邪気なまでの熱狂でした。
死地を潜り抜け、友を失った悲しみを乗り越えた先にある、胴上げという名の「祝祭」。
ですが、宙を舞うレイ将軍の瞳に映っていたのは、平和への渇望などではありません。
乱れぬ七三分けの髪の下で冷徹に計算されていたのは、手に入れた獲物を如何に効率的に、如何に無慈悲に、如何に徹底的に「搾取」し、自らの繁栄の苗床にするかという一点のみ。
語られる言葉は、甘美な報賞ではなく、支配を完成させるための「鞭」の音。
純粋な武人としての誇りを持ち、友の死を悼んでいたはずのジギフリット。
彼が最後に手放してしまったのは、踏み止まるための倫理か、あるいは「人間」としての尊厳か。
レイ将軍が朗らかに差し出した「支配という名の娯楽」を、彼は健気に、あまりにも従順に、両手で受け取ってしまったのです。
分かち合うのは、勝利の喜びだけではありません。
分かち合うのは、他人を虐げ、踏みにじり、その絶叫を糧にするという共通の「罪」。
さあ、地獄の門が開かれます。
以前よりも強く、以前よりも深く、そして以前よりも取り返しのつかないほど強固に結ばれた、ミケ軍という名の『共犯者』たちの結束。
――その笑顔の裏で、誰かが流す血と涙が、彼らの絆をより一層「盤石」なものに変えていく。
その歪な幸福の幕開けを、どうか、冷たい視線のまま見届けてください。
ボントゥス軍の完全なる殲滅という、セシェス戦線における最終的な勝利を収めた後、レイ将軍の本陣は、勝利の熱狂に包まれていた。
タズドットの抵抗勢力は完全に排除され、ミケ軍の支配は揺るぎないものとなった。
戦いの大功を讃えるため、本陣を訪れた三人の副将軍(ジギフリット、リーヴェス、ビテン)は、再び、知略の支配者であるレイ将軍を胴上げした。
その歓声は、マルクの死という悲劇を乗り越え、冷酷な勝利という結果を得たことへの、解放と熱狂に満ちていた。
胴上げが終わり、地面に降り立ったレイ将軍は、その七三分けの黒髪を乱すこともなく、勝利の果実について、静かに、しかし喜びを込めて語り始めた。
「皆さん、これで、我々の支配の基盤は盤石となりました。これから奴隷をビシバシ鞭でぶっ叩けること間違い無しです。 労働力は確保され、我々の繁栄は約束されました。皆さんも頑張りましょう。」
この言葉は、冷徹な策士であるレイ将軍が、勝利の最大の意義を、支配下の非戦闘員の搾取に見出しているという、ミケ軍の冷酷な本質を象徴していた。
レイ将軍の言葉を聞いたジギフリット副将軍は、一瞬、たじろいだ。
彼の武人としての情熱は、あくまで戦場での武力による制圧に向けられるものであり、非戦闘員への組織的な虐待は、彼の感覚からすると不必要な手間に思えたのだ。
「そこまでして奴隷を鞭打ちしてどうするんですか。勝ったんだから、少しは緩めても、資源の確保には困らないのでは?」
ジギフリットの問いは、武人の純粋な疑問と、非効率な残虐行為への違和感が混ざり合った、健気な反応だった。
そのジギフリットの問いに対し、レイ将軍は、彼の普段の冷徹な姿勢とは異なり、務めて穏やかであり、朗らかに、そして快活に答えるのだった。
「そうしなければ、奴隷は立場を理解しない上に、真面目に働きませんからね、ジギフリット。 鞭打ちは、効率的な統治のための必須の手段なのです。彼らに、支配者と被支配者の絶対的な差を、身体で理解させる必要がある。」
そして、レイ将軍は微笑みを浮かべ、最も恐ろしい言葉を付け加えた。
「それに、楽しいですよ、ジギフリット副将軍。 支配するという行為の最も原始的な快楽です。どうですか、貴殿も試してみては?」
このレイ将軍の朗らかな残酷さは、ミケ軍の指導層が持つ歪んだ倫理観を、最も明確に示していた。
彼らにとって、残虐行為は戦略的な手段であると同時に、支配者としての当然の権利であり、娯楽でもあった。
レイ将軍の「支配者の哲学」と「個人的な誘い」を受けたジギフリット副将軍は、もう迷わなかった。
彼は、マルク隊長の死を経て「泥臭く生きる」ことを決意し、ミケ軍の冷酷な現実を全て受け入れる覚悟を固めていた。
彼の健気な精神は、忠誠と使命感のために、自己の倫理観すらも塗り替えることを選んだ。
「……分かりました。 そこまでレイ将軍が仰るのなら、それが我々の勝利に必要なことなのですね。では、死んだ奴ら(マルクの命を奪ったタズドット兵)の分まで、めいいっぱい働くように鞭打ちしますよ。 徹底的に、この支配の現実を奴隷たちに叩き込んでやります!」
ジギフリットの返答は、「任務の遂行」という一点に純粋化された、悲しいほどに健気な反応だった。
レイ将軍は、その健気な決意に、心からの満足を示すのだった。
「それでいいのです、ジギフリット。 貴殿がその覚悟を持つことで、我々は、一つの強固な信念で結ばれた。貴殿こそ、私の武力の柱だ。」
こうして、レイ将軍たちは、勝利の歓喜と、奴隷支配という冷酷な倫理を共有することで、互いの非情な役割を深く認め合い、打ち解けあっていくのだった。
彼らの間に生まれた「打ち解け」は、共通の悪徳を分かち合うことによる、歪んだ、しかし強固な連帯だった。
ミケ軍の支配は、知略と武力、そして非情な支配哲学という、鉄の三位一体で、盤石なものとなったのである。
はい、というわけで。
セシェス戦線、堂々の(?)幕引きでございます!
いやあ、凄惨ですね! 素晴らしいですね!
一人の「英雄」になり損ねた男の死を、これほどまでに見事に、そして最悪な形で肥やしにして成長したミケ軍の皆さん。作者的には、これ以上ないほど満面の笑みで筆を置くことができました。
今回の見どころは何と言っても、勝利の熱狂の中、宙を舞うレイ将軍の口から飛び出した「鞭打ちの招待状」ですよ。
「支配するという行為の最も原始的な快楽です。どうですか、貴殿も試してみては?」
これ、文字面だけ見ればただの異常者の発言なんですが、レイ将軍本人がこれを「事務作業の合間のティータイム」を勧めるような朗らかさで言っているのが、もう救いようがなくて最高だと思いませんか?
彼にとって、世界は「支配する側」と「される側」の二色しかなくて、その境界を鞭の音で確認することに何の疑問も抱いていない。その冷徹な合理性が、ついに仲間の心まで侵食し始めたわけです。
そして、我らがジギフリット副将軍!
彼が「死んだマルクのために」という美談を免罪符にして、自らの手を汚す覚悟……いえ、「人間としての境界線」をあっさりと踏み越えてしまった瞬間。
あの「分かりました、めいいっぱい鞭打ちします!」という返答を聞いた時、作者の脳内では「ポッキリ」と彼の何かが折れる音が心地よく響き渡りました。
「仲間のために」「国のために」「泥臭く生きるために」。
そんな耳ざわりのいい言葉を並べながら、彼らが築き上げているのは、ただの「地獄」なんですね。
でも、その地獄がこれほどまでに強固で、温かな「絆」によって支えられているのだから、タズドット軍に勝ち目なんてあるはずがないんです。
一方のタズドット側。ヨン宰相の「黄金同盟」という名の現実逃避。
「戦わなくてもいいんだ」なんて、ミケ軍なら真っ先に首を跳ね飛ばされそうな甘い希望を抱く彼らと、
「徹底的に蹂躙して、ついでに楽しもうぜ!」というミケ軍。
この、『希望という名の毒を飲む者』と『絶望を糧に笑う者』の対比。
次話からは、この温度差がタズドットという国を内側から焼き切っていくことになります。
さて、セシェスの風に乗って聞こえてくるのは、勝利の凱歌か、それとも奴隷たちの悲鳴か。
どちらにせよ、そこに「救い」が介在する余地は一ミリも残されていません。
――より深く、より暗く、より「取り返しのつかない」場所へ。
皆さんも、ミケ軍の皆さんと一緒に、泥の中へ沈む準備はできていますか?
それでは、次なる「支配の結末」でお会いしましょう!




