第八十八話 塵忍儀式杖
――「名誉」という名の装飾品は、一体いくらの価値があるのでしょうか。
平和という名の温室で育まれ、文化という名の絹糸で編み上げられた、あまりにも美しい幻想。
タズドットの将、エディ・シェルバリが振りかざす剣には、彼らが誇る「輝かしい過去」の全てが宿っていました。
対するは、見捨てられた貧困の地から這い上がってきた、泥臭き死神――レイ。
彼にとって、名誉とは空腹を満たさぬ塵であり、文化とは現実から目を背けるための目隠しに過ぎません。
交わされるのは、剣戟の音ではありません。
それは、一方的な「文明の衝突」であり、一方的な「価値観の蹂躙」。
侵略者という汚名。野蛮人という蔑称。
それら全てを「未来を掴むための対価」として、飲み込む覚悟を決めた者たちの瞳に、もはや騎士道の入り込む余地など残されてはいないのです。
さあ、見届けなさい。
歴史の重みを感じさせる鋼の杖から放たれる、時代を焼き切るような不気味な赤熱。
千年の誇りが、ただの「鉄屑」へと成り下がるその瞬間を。
――名誉なき現実が、優雅なる幻想を焼き尽くす。
そのあまりにも残酷で「合理的」な決着の時間を。
ミケ軍の布陣の外側、包囲網が完成する直前のわずかな空間で、レイ将軍とエディ・シェルバリ大隊長の一騎討ちが始まった。
エディ大隊長は、自らの命とタズドットの文化的な矜持を賭け、レイ将軍に激情をぶつけた。
「レイ将軍!貴様ら一体、何の権利があってこのタズドットの地を荒らす!なんで、タズドットを侵略した! 我々が友好条約を結び、平和に暮らしていたバツネで仲良く寝ていりゃいいものを!」
エディの言葉は、ミケ軍を不必要な戦乱を持ち込む野蛮な侵略者と断じる、タズドット側の傲慢な正義を代弁していた。彼にとって、ミケ軍の行動は、「不名誉」以外の何物でもなかった。
レイ将軍は、手に持った歴史を感じさせる鋼の杖、特製の『塵忍儀式杖』を静かに構え、その冷徹な思想を吐き出した。
「それは、リムリアという国のためです。 貴殿方の平和は、我々の貧困の上に成り立っていた。我々は、もはや貴殿方の甘い秩序の中に閉じこもるつもりはありません。」
レイ将軍の瞳は、勝利への確信に満ちていた。
「私たちは、勝って未来を掴んでみせます。 そして、そのためならば、貴殿方が投げつける『侵略者』や『野蛮人』といった汚名だって、喜んで引き受けましょう!」
「汚名だって喜んで引き受ける」――この言葉は、名誉を重んじるエディ大隊長の神経を、最も逆撫でした。
「なんだと、貴様ッ! その言葉の重みを理解しているのか!」
エディは怒りに震え、剣を強く握りしめた。
レイ将軍は、その怒りを静かに受け止め、さらにミケ軍の哲学を深く抉り出した。
「それぐらい、私たちは泥臭く生きる覚悟がありますよ。 貴殿方のように、優雅な文化や不必要な名誉を気にしている暇はない。それに、その泥臭く生きる覚悟が無くて、どうしてリムリアという、貧しく見捨てられた国のために働けますかね。」
レイ将軍の「泥臭さ」という言葉は、タズドットの「文化」と「優雅さ」を、現実から目を背けた偽善と断じるものだった。
エディ大隊長は、もはや理性を失っていた。彼の文化的な優越感が、レイ将軍によって根底から否定されたのだ。
「馬鹿なことをおっしゃるものだな! 貴様らは、タズドットの文化を侵略しては壊す蛆虫め! 貴様らのような名誉なき輩に、未来など掴めるはずがない!必ず倒してみせる!」
エディ大隊長が憤怒の叫びと共に剣を振り上げたその瞬間、レイ将軍は、静かに、そして冷徹に、勝敗の宣言を口にした。
「私の勝ちです。相手にもなりません。」
レイ将軍が構える『塵忍儀式杖』は、単なる杖ではない。
それは、レイ将軍の魔術的な才能と、ミケ軍が独自の技術で製造した特殊な発熱機構を組み合わせた戦略兵器だった。
杖の先端が、不気味な赤熱の光を帯びる。
そして、次の瞬間。
歴史を感じさせる鋼の杖である『塵忍儀式杖』から、高熱の魔術的な灼熱の炎が、まるで炎の舌のように噴き出した。
それは、エディの剣先目掛けて一直線に放たれた。
一瞬の間に、エディ大隊長が持っている頑丈なタズドットの剣は、レイ将軍の灼熱の炎によって焼き焦がされ、見るも無残な鉄の塊へと変貌した。
剣の刃は、柄の部分を残して融解し、地面に落ちた。
武器を失ったエディ大隊長は、戦闘不能となった。
レイ将軍は、その驚愕で身動きが取れないエディを、冷静かつ迅速に取り押さえ、捕虜とするのだった。
エディ大隊長は、武器を失い、捕らえられた屈辱的な現実を前に、全身の力が抜け落ちた。
彼の頭の中は、敗北という事実と、自分の命と名誉を懸けた戦いが「泥臭い魔術」によって一瞬で終わったという衝撃で満たされていた。
「俺が負けるだと……!嘘だぁ〜!あり得ん!」
彼の絶叫は、純粋な驚愕と、タズドットの誇りが砕かれた悲鳴だった。
「こんな泥臭い戦い方をするような連中に負けるなんて嘘だぁ〜! なぜだ!なぜ名誉を重んじない者が勝つんだ!」
エディの名誉の哲学は、レイ将軍の「泥臭い実利主義」と「特殊な魔術兵器」という、現実的な暴力の前で、音を立てて崩壊した。
この一騎討ちの結末は、タズドットの文化と威信が、ミケ軍の非情な効率性によって終焉を迎えたことを、象徴的に示していた。
レイ将軍は、捕虜となったエディを、冷たい視線で見下ろした。
彼の目的は、勝利の確定と、敵指揮官の精神的な破壊であり、それらは完璧に達成されたのである。
はい、というわけで! 一騎打ちという名の、一方的な「概念破壊」でございました!
いやあ、エディ大隊長……。見ていて可哀想になるくらい、見事な負けっぷりでしたね。
彼は彼なりに、タズドットという国の歴史を、文化を、そして武人としての誇りをその一本の剣に込めていたわけです。
「正義は我にあり!」「美しき名誉こそが勝利を導く!」……そう信じて疑わなかった彼の前に現れたのが、よりにもよってレイ将軍という「合理性の化身」だったのが、彼の人生最大の不幸だったと言わざるを得ません。
レイ将軍のあの台詞、聞きましたか?
「汚名だって喜んで引き受ける」「泥臭く生きる覚悟がある」
名誉で腹は膨れないし、文化で国は守れない。見捨てられた貧乏な国を背負って立つレイたちにとって、エディが振りかざす「高貴な正義」なんて、ただの贅沢品にしか見えなかったんでしょうね。
そして、極めつけの『塵忍儀式杖』!
あんなのずるいじゃないですか! 魔法と科学(?)のハイブリッドみたいな熱線で、代々受け継がれてきたかもしれない自慢の剣をドロドロの鉄屑に変えちゃうなんて!
エディが「嘘だぁ〜!」って叫んじゃうのも無理はありません。彼が戦っていたのは「敵」ではなく、自分の理解が及ばない「新時代の残酷なルール」そのものだったんですから。
剣が溶けた瞬間、エディの中で「タズドットは優れている」という自負も一緒に溶けて消えてしまった。
「名誉を重んじない者が、なぜ勝つんだ」という彼の悲鳴は、消えゆく旧時代の断末魔のようで、作者としては書いていてゾクゾクするほど楽し……いえ、心が痛みました(本当ですよ?)。
さて、誇りを焼かれ、文字通り丸腰にされたエディ大隊長。
そして、彼を救うこともできず、ただ包囲網の内側で震えることしかできないボントゥス副将軍。
この「泥臭い」侵略者たちが、次に焼き尽くすのは誰のプライドなのでしょうか。
勝利の後の静寂は、死の予感よりも冷たく。
――それでは、また次の「理不尽な現実」でお会いしましょう!




