第八十七話 死ぬ理由は美しい
――「正しさ」とは、一体どこに宿るものなのでしょうか。
ある者は、生きて情報を持ち帰ることこそが、国家への最大の貢献であると信じ、泥を這ってでも「明日」を掴もうと足掻きます。
またある者は、武人としての誇りを汚すくらいなら、この場所を死に場所と定めて、一筋の閃光として散ることを望みます。
ボントゥスが掲げる実利の盾。
エディが振りかざす名誉の剣。
そのどちらもが、彼らにとっての真実であり、彼らにとっての譲れない矜持。
ですが、残酷な現実は、そんな彼らの葛藤さえも等しく飲み込む「死の檻」となって、夜明けと共にその姿を現しました。
レイ将軍が敷いた包囲網。
それは、彼らの信念がどちらに軍配を上げようとも、等しく「消滅」という結末を叩きつけるための、冷徹なまでの数式。
外交による勝利を夢見る敗残者と、玉砕にこそ意味を見出す狂信者。
その間に生じた決定的な亀裂を、ミケ軍の冷たい瞳は見逃しません。
さあ、舞台を整えましょう。
一騎討ちという名の、あまりにも時代遅れで、あまりにも美しい「死の儀式」。
名誉という最後の拠り所に縋って突き進む男の前に、鉄杖を携えた「合理性の化身」が静かに立ちはだかります。
――その命の輝きが、冷徹な勝利の計算式に書き換えられるまで、あと、ほんの数秒のこと。
前日の夜、レイ将軍が静かに、しかし完璧に敷いた包囲殲滅の陣形は、日の出と共に、タズドット軍のボントゥス・エクストランド副将軍率いる500名の部隊を、逃げ場のない絶望の檻の中に閉じ込めていた。
ボントゥス副将軍は、レイ将軍の布陣を見て、一瞬で自軍の運命を悟った。
彼の部隊は、ヨン宰相の外交路線を重視する派閥に属しており、正面からの決戦ではなく、戦局を硬直させることを目的としていた。しかし、レイ将軍の包囲網は、「硬直」どころか、「即座の消滅」を目的としていた。
「我々は完全に包囲されている……」
ボントゥスは、額から流れ落ちる冷や汗を拭った。
彼は、このままでは無駄死にを避けられないと判断し、部隊の瓦解を招く前に途中で包囲網を突破して逃げ出すことを考え始めた。彼の目的は、ヨン宰相に生きた情報を持ち帰ることだった。
しかし、そのボントゥスの「逃亡計画」を、彼の部下であるエディ・シェルバリ大隊長が、死ぬ覚悟を持って止めた。エディは、武人としての矜持と、タズドットの文化的な優位性を信奉する、名誉第一の男だった。
「副将軍!何をお考えですか!包囲網を破って逃げ出すなど、武人の名折れです!」
エディは、ボントゥスの傍らに進み出た。
「今回、ヨン宰相に申し訳が立たんが、レイ将軍のミケ軍は、我々が相手にしてきたような盗賊退治とは違う。このままでは、我々は殲滅される!」
ボントゥスは、エディの名誉論を認めつつも、現状の厳しさを諭した。
「その通りだとも!」と、エディ大隊長はボントゥスの言葉に強く頷いた。
彼もまた、ミケ軍が今までの敵とは一線を画すことを理解していた。
だが、エディが次に発した言葉は、ボントゥスの現実的な思惑を完全に否定するものだった。
「だからこそ、副将軍!必ずや途中で私は死ぬだろうな! しかし、死ぬまで戦い抜くと決めたからこそ、大隊長に任ぜられたんだ!俺は最後まで戦い抜く覚悟を持っている!」
エディの言葉は、武人としての純粋な自己犠牲の精神に満ちていた。
この純粋な覚悟が、ボントゥス副将軍の外交的、実利的な判断を追い詰めた。彼は、エディの無駄死にを避けさせようと、絶叫に近い声で説得を試みた。
「そいつは違うぜ、エディ大隊長!今回そんな勝利は必要ないんだ! 負け戦は避けねばならん!」
「そんなつれないこと言わないでくれよ、ボントゥス副将軍!俺たちの任務は、この戦線でミケ軍を食い止めることだ!」
「そんな必要はないんだ、エディ大隊長!俺たちは講和で勝てばいいんだ、外交だよ、外交! 戦場で玉砕する必要など、一ミリもない!」
ボントゥスは、戦場を避けて外交で勝利するという、ヨン宰相の哲学をエディに押し付けようとした。
しかし、エディはそれを弱気と断じた。
「そんなことはないぜ、勝たなくちゃな、そうしなきゃ意味がない! ミケ軍の鼻っ柱を叩き折らねば、講和などできるはずがない!」
「そんなことないんだよ、勝たなくても良いんだ! 生きて帰ることが、最も意味があるんだ!」
「そんな弱気なことを言っているから、負けるんじゃねーか! タズドットの威信は、戦場で示すものだ!」
この「勝たなければ意味がない」というエディの名誉の哲学と、「勝たなくても良い、生き残れば良い」というボントゥスの実利の哲学の激しい衝突は、タズドット軍内部の深い亀裂を露呈させた。
ついに、エディ大隊長は、ボントゥス副将軍の制止を振り切り、名誉と威信のために、絶望的な突撃を開始した。
彼は、このまま包囲されて殲滅されるよりも、一騎討ちという武人の作法で、ミケ軍に一矢報いることを選んだ。
ボントゥス副将軍は、エディの無謀な突撃を、ただ絶望的な顔で見送ることしかできなかった。
エディの突撃を見たレイ将軍は、その突進の方向と覚悟の深さを瞬時に把握した。彼は、タズドットの武人が、「一騎討ち」という儀式を重視することを知っていた。
この一騎討ちは、エディの命の代償であると同時に、ミケ軍が最小限の犠牲で勝利を確定させるための贈り物でもあった。
レイ将軍は、自らの鉄の杖を携え、静かに、そして冷徹に、エディの一騎討ちを引き受けるのだった。彼の顔には、武人への敬意ではなく、「勝利への確信」という、非情な感情だけが浮かんでいた。
はい、というわけで! ボントゥス副将軍の「必死な現実主義」と、エディ大隊長の「あまりに純粋な名誉欲」、その衝突と決裂の第八十七話でございます!
いやあ、書いてて思わず「うわあ……」って声が出ちゃいました。本当に、ひどい話ですよねえ(満面の笑み)。
だって、見てくださいよこの二人。
ボントゥス副将軍の「生きて帰って外交で勝とうぜ!」っていう意見、これ実はめちゃくちゃ「正解」なんですよ。戦場で無駄死にするより、生きて情報を持ち帰るほうが国のためになる。至極真っ当、理性的な大人な判断です。
対するエディ大隊長。彼は彼で「負け戦だからこそ、誇りを見せて散るんだ!」っていう、これまた武人としての「正解」を抱えちゃってる。
二人とも、自分の信じる「国への忠誠」を貫こうとしているだけなんです。
なのに、その「二つの正しさ」がぶつかり合った結果、組織はバラバラ、士気はどん底、残されたのは「死に急ぐ男の背中を見送るしかない絶望」だけ。
この「良かれと思ってやったことが、全部最悪の結末を招く」感じ……個人的には、もうたまらなく大好きです!
そして、そんなドロドロの人間模様を、冷たい計算機みたいな瞳で眺めているレイ将軍。
彼、一騎打ちを引き受けちゃいましたね。
でもこれ、読者の皆さんはお気づきですよね? レイ将軍にとって、これは「誇りを賭けた決闘」なんて高尚なものじゃないんです。
「あ、大隊長が出てきてくれた。ここで彼を処理すれば、残りの500名は戦意喪失して効率的に殲滅できるな。よし、杖のひと振りで終わらせよう」
……っていう、ただの「事務作業」の延長なんですよ。
エディが命を懸けて振りかざした「名誉の剣」が、レイの「合理性の杖」にカチンと弾かれる時。
そこにあるのは感動のドラマではなく、ただの『処理完了』のサイン。
ああ、なんて残酷で、なんて美しいんでしょう!
さて、鉄杖を構えた死神と、死に場所を見つけた猛将。
二人の距離がゼロになる瞬間、一体どのような「結果」が弾き出されるのか。
名誉は数式に勝てるのか、それとも無惨に上書きされてしまうのか。
――次なる悲劇の特等席で、血飛沫に濡れる準備をして待っていてくださいね!
それでは、また次のお話でお会いしましょう!




