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GREAT HISTORY〜大史伝〜  作者: アイラル
第三部 ミケ将軍タズドット侵略編

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第八十五話 合理の檻

――「勝利」という名の果実を、貴方はどのように手に入れたいと願いますか?


華々しい凱旋の調べを奏で、敵の屍を飾り立て、己の武勇を世界に知らしめる。


そんな英雄譚えいゆうたんのような虚飾を、この男――レイは一切必要としていません。


彼が求めるのは、ただ一つ。


『勝つべくして勝つ』という、揺るぎない数式の結果のみ。


ラッパの音も、鼓舞する演説も、士気を煽る咆哮も。


この戦場において、それらは「非効率な雑音」として切り捨てられます。


静寂の中で編み上げられていくのは、敵を一人残らず飲み込むための、緻密で、逃げ場のない『死の檻』。


「自信がない」と、その男はのたまいました。


けれど、それは弱者の臆病ではありません。


完璧を求めるがゆえの、狂気的なまでの慎重さ。


その不遜な謙遜を笑い飛ばせるのは、死線を共にする「不気味な絆」で結ばれた者たちだけです。


戦場に響く、場違いな笑い声。


一見すると微笑ましい仲間たちの交流。


ですが、その温かな空気こそが、包囲された敵にとっては、喉元に突きつけられた冷たい刃よりも恐ろしい『終わり』の合図なのです。


さあ、始めましょう。


人間らしい感情を、冷徹な歯車へと注ぎ込み。


誰一人として逃がさない、合理的で、絶望的な、包囲殲滅の時間を。


――その笑い声の後に残るのは、一滴の情けも混じらない、真っ白な戦果だけなのですから。

 ミケ軍の精鋭部隊を率いて新たな戦場に到着したレイ将軍は、タズドットの旧態依然とした軍隊が必ず行う派手な儀式を一切行わなかった。


 勝利の到来を告げる高らかなラッパの音を鳴り響かせることもなく、また、士気を高めるための将軍の威圧的な演説もなかった。


 代わりに、レイ将軍の命令の下、1500名のミケ軍は、まるで訓練された工兵隊のように、静かに、そして迅速に行動を開始した。


 騎馬隊は敵の退路を断つために広範囲に展開し、歩兵隊は敵の側面と後方を確実に締め付ける包囲網を形成し始めた。


 彼の戦略は、「力による誇示」ではなく、「合理性による確実な殲滅」に特化していた。


 レイ将軍にとって、包囲殲滅して敵を撃破することこそが、今回の勝利のために必要な最も効率的で、犠牲を最小限に抑える唯一の方法だった。


 そして、彼は、この勝利を確実にするための完璧な手順(そのための方法)を、既に頭の中に構築していた。


 布陣の初期段階が整った頃、レイ将軍は戦場の小高い丘で、作戦会議を開いていた。


 傍らには、ジギフリット副将軍と、レナード大隊長が控えている。


 レイ将軍は、眼下に広がる包囲網を見つめながら、勝利への極端なまでの執着を静かに口にした。


「我々は、もちろん勝利するつもりしかありません。 しかし、勝利を目的として動く我々にとって、勝てなくては意味がない。 意味のない勝利は、我々の資源の無駄であり、時間の浪費です。」


 この言葉は、ミケ軍の非情な合理主義の核心を突いていた。


 彼らは、名誉や威信のためではなく、「勝利」という結果そのもののために存在している。


 レイ将軍の言葉を聞いたジギフリット副将軍は、その冷徹な論理とは裏腹の、過剰なまでの慎重さに、思わず豪快に笑うのだった。


「ハハハ!何でそんなに弱気なんだよ、レイ将軍! お前の頭脳と、俺たちの武力があれば、勝ちは決まっているだろう!まるで、初めて戦場に立つ新兵のようなことを言う!」


 ジギフリットにとって、レイ将軍のこの言葉は、彼の武力と功績に対する最高の信頼の裏返しであるかのように感じられた。


 彼は、レイ将軍の策略の完璧さを信じているからこそ、この「弱気な」言葉を笑い飛ばすことができたのだ。


 それに対してレイ将軍は、いつもの冷徹な策士の顔を崩し、意外なほど人間的な表情を見せて答えるのだった。


「少し自信がなくてですね。 私は、貴殿たちのような武人の強靭な精神力を持たない。私の策は、貴殿たちの血と汗という、最も信頼できる武力によって実行される。その信頼に応えられるか、常に不安なのですよ。」


 このレイ将軍の人間的な謙遜は、ジギフリットの傲慢な武人としての矜持をくすぐるものだった。


 ジギフリットは、再び声を上げて笑った。


 その様子を見たレナード大隊長は、冷静沈着な立場からジギフリットを嗜めた。


「そんなに笑うことはないだろ、ジギフリット副将軍。 レイ将軍の懸念は、理に適っています。彼の策は、常に完璧であることを要求される。その重圧は、我々武人の比ではありません。」


「全くです」と、レナードの傍らの指揮官たちも、レイ将軍の知略が持つ重みを理解し、同調した。


 この「謙遜」と「嘲笑」、そして「嗜め」という、タズドットの旧体制では考えられない異質な人間的なやり取りを経て、ミケ軍の指揮官たちは、互いの違いを認め合いながら、仲間意識を深めていった。


 そして、「勝利」という共通の目標の前で、彼らはみんなで笑うのだった。


 この束の間の団欒は、マルク隊長の死という悲劇を経て、指揮官たちが互いの弱点と強さを認め合った、ミケ軍独自の結束の形を示していた。


 彼らの笑い声は、この後の血生臭い包囲殲滅戦へと向かう前の、精神的な準備でもあった。


 レイ将軍は、この笑いによって、自身の自信の欠如が補われ、指揮官たちへの信頼が揺るぎないものとなったことを確信した。


 彼らの交流が終わると、レイ将軍は再び冷徹な策士の表情に戻り、静かに部隊へと指示を送った。


「全軍に告ぐ。包囲網をさらに絞り込め。今回は、一人たりとも逃がさない。」


 指揮官たちの間に満ちた笑いは、瞬く間に勝利への冷酷な決意へと変貌し、ミケ軍の精鋭たちは、敵を殲滅すべく、静かに、しかし確実に、その死の檻を完成させていった。

はい、というわけで。


セシェスから始まった怒涛の快進撃、その果てに辿り着いた「静寂の包囲網」でございます。


いやあ、恐ろしいですねえ、レイ将軍。


普通、これだけの大勝利を重ねれば、少しくらいは色気を出して「我こそが勝者なり!」とラッパを吹き鳴らしたくなるのが人のさがというもの。けれど、彼はそれを「非効率」の一言で切り捨ててしまう。


彼が求めているのは名誉でも拍手喝采でもなく、ただ「敵が一人も残らず消え去った」という無機質な計算結果だけ。……この徹底した機能美こそが、彼の持つ最大の「狂気」なのかもしれません。


そして、そんな氷のような男の「自信のなさ」を笑い飛ばせるようになったジギフリット。

マルクという、魂の欠片のような友を失った悲劇を乗り越え(あるいは心の奥底に封じ込め)、彼らは不気味なほど強固な「結束」を手に入れました。


戦場で見せる、指揮官たちの和やかな笑い合い。


本来なら「絆」や「信頼」と呼ぶべき美しい光景ですが、その笑顔の裏で行われているのが「一人残らず殲滅するための準備」だというのだから、運命というのは本当に悪趣味です。


「信頼に応えられるか不安」だと零す策士と、それを「弱気だ」と笑う猛将。


この噛み合っていないようで完璧に噛み合ってしまった歯車が回り始めたとき、包囲されたタズドット軍に、一体どのような「救い」が残されているというのでしょうか?


……まあ、答えは言うまでもありませんね。そんなものは、最初から用意されていないのです。


さて、笑いの時間は終わり。


次にページをめくれば、そこにあるのは冷徹に絞り上げられる絞首刑の縄のような包囲網と、抗う術を持たない敗者たちの末路です。


ジギフリットが笑い飛ばしたその「不安」が、敵にとっての「絶望」へと変わる瞬間を。

そして、ミケ軍という一つの生き物が、どれほど無慈悲に世界を飲み込んでいくのかを。

――どうか、血の匂いを忘れないまま、次なる惨劇の特等席でお待ちください。

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