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GREAT HISTORY〜大史伝〜  作者: アイラル
第三部 ミケ将軍タズドット侵略編

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第八十四話 勝利の形

――命の価値を、一体誰が計れるというのでしょうか。


ある者にとっては、魂を分かち合ったかけがえのない友。


けれど、冷徹な盤面を俯瞰ふかんする者にとっては、それは勝利を導き出すための、ただの『一』という数字に過ぎない。


ブヌの地に満ちる、不気味なほどの静寂。


それは一発の矢も、一本の剣も交わされることなく手に入れられた、あまりにも「完璧」で「合理的」な勝利の証です。


けれど、忘れてはいけません。


その無血の静寂を買い取ったのは、紛れもなくリガナーヴの石畳を赤く染めた、一人の男の熱すぎる血潮であったことを。


悲しみは糧へ。怒りは推進力へ。


死者の尊厳さえも「効率的な対価」として消化し、さらなる高みへと手を伸ばす。


それこそが、これからこの世界を飲み込んでいく、新時代の『狂気』の正体。


友のしかばねを舗装路に変え、歓喜の声を上げながら突き進む軍勢。


その先にあるのは、約束された栄光か、それとも――。


さあ、始めましょう。


一人の犠牲という名の供物くもつを捧げ、神の如き知略が導き出した、残酷な祝祭の時間を。

 タズドット軍のアンセルム大隊長とトマス大隊長が逃走し、無人となったブヌ砦を接収したミケ軍の指揮官たちは、戦いの熱が冷めやらぬ中で、この完璧な戦略的勝利を享受していた。


 レイ将軍は、ブヌ砦の城壁の上から、敗走するタズドット兵が残した埃の雲を眺めていた。


 彼の表情は、相変わらず冷徹な静寂を保っていたが、その口元には、緻密な計算が成功したことへの、微かな満足が浮かんでいた。


 彼は、傍らに立つジギフリット副将軍に、静かに、しかし喜びの感情を込めて語りかけた。


「やりましたね、ジギフリット。勝ちましたよ。 我々の犠牲は、マルク隊長一人で済んだ。そして、タズドットの戦線は、一滴の血も流すことなく、完全に崩壊した。これ以上の合理的で、完璧な勝利はありえません。」


 レイ将軍にとって、この勝利は、武力だけでなく、情報(アンセルムの臆病さ)心理戦(リガナーヴの恐怖)を駆使した、ミケ軍の新しい戦争哲学の正しさを証明するものだった。


 この無血の勝利は、タズドットの権威が、もはや内部から腐敗し尽くしていることの、最も強力な証拠となった。


 その時、後方からレナード大隊長が、冷静沈着な普段の彼にしては珍しく、早足で城壁の上に姿を現した。彼は、リガナーヴ砦の戦後処理を終え、このブヌの地に駆けつけてきたのだ。


「レイ将軍、ジギフリット副将軍!」


 レナードの顔にも、勝利の喜びと、リガナーヴでの悲惨な出来事を乗り越えた安堵が浮かんでいた。


「マルク隊長のことは残念だったが、今回の勝利は嬉しいもんだな。 彼の犠牲が、タズドットの主力の完全なる駆逐という、これほど大きな結果につながるとは……彼の忠誠は、戦略的な成功として最大限に報われました。」


 レナードの言葉は、マルクの死を悲しみながらも、それを合理的な成功の一部として評価するという、ミケ軍指揮官の特異なバランス感覚を示していた。


 感情と合理性が、この勝利の瞬間に、一時的に融合したのだ。


 ジギフリットは、レナードの言葉に力強く頷いた。


「ああ、全くだ。 リガナーヴでの痛みは忘れられんが、あの瓦解したタズドット兵の背中を見れば、マルクの命が真の価値を持ったと確信できる。」


 勝利の歓喜と、悲しみを乗り越えた熱情が爆発する瞬間だった。


 レナード大隊長と、中央軍の指揮官たちは、マルクの犠牲を新たな時代の始まりの象徴と捉え、ブヌの完全な占領という大功を挙げたジギフリット副将軍を、歓喜の輪の中で担ぎ上げた。


 そして、彼らはジギフリットを胴上げするのだった。


「ジギフリット副将軍!万歳!」「マルク隊長に誓って、ここからだ!」「俺たちがミケ将軍の天下を築くんだ!」「リムリアの為に!」「ここから革命だ!」


 空中に高く舞い上げられながら、ジギフリット副将軍は、この勝利の熱狂を全身で浴びた。彼の充血した瞳は、勝利の喜びに輝き、未来への希望に満ちていた。


「やったぜ!ここから俺たちは、立ち止まることなく、タズドット本国へと駆け上がっていくんだ!そして、みんなで勝とうな!ミケ将軍の天下を、俺たちの手で掴むぞ!」


 その熱烈な誓いに、周囲の指揮官たちも、力強い歓声で応えた。


「当たり前だ!」「必ず、勝つ!」


 この胴上げは、単なる勝利の祝祭ではない。それは、マルクの死という共通の痛みを経て、レイ将軍の知略とジギフリットの武力を中心とするミケ軍の指揮官たちが、改めて互いの命運を預け合う、血の盟約の瞬間だった。


 レイ将軍は、この熱狂の輪から一歩離れた場所で、その光景を静かに見つめていた。


 彼の顔には、計算通りの結末への、深い満足が浮かんでいた。


 勝利、敵の駆逐、そして指揮官たちの強固な結束――彼の戦略の全ての要素が、完璧に達成された。


 彼にとって、この光景こそが、ミケ軍という組織の最も効率的な形だった。


 感情を合理性に奉仕させ、勝利を確実なものにする。


 ブヌの無血占領をもって、セシェス全域のタズドット軍は完全に一掃された。


 レイ将軍の頭脳は、既にこの「勝利の祝祭」を過去のものとし、次の目標であるタズドット本国への直接的な圧力、そして黄金同盟の崩壊という、より大きな戦略へと切り替わっていた。


 セシェス戦線は終結し、ミケ軍の新たな狂気の時代が、確固たる勝利の上に築き上げられたのである。

はい、というわけで、セシェス戦線、堂々の完結でございます!


いやあ、素晴らしいですね、「胴上げ」!


空高く舞い上がるジギフリット、それを見上げる仲間たちの笑顔、響き渡る万歳の三唱。これぞ勝利の美酒、これぞ戦友との絆、これぞ少年漫画的なカタルシス……と言いたいところなのですが。


読者の皆様はお気づきでしょうか?


この熱狂的な祝祭の「足元」に、誰の亡骸が転がっているのかを。


レイ将軍の語った「完璧な勝利」。


それは確かに、一人の男の命をたった一つのコインとして支払い、一国を手に入れたという、あまりにも効率的で、あまりにも悪魔的な等価交換の結果です。


「たった一人の犠牲で済んだ」。


その言葉を「喜び」として受け入れ、笑い合えるようになった瞬間、ミケ軍の彼らはもう、元の世界には戻れない一線を越えてしまった気がしますね。


ジギフリットが宙を舞いながら見た景色は、きっと最高の絶望――じゃなかった、最高の希望に満ちていたことでしょう。


けれど、彼を担ぎ上げているその手は、つい先ほどまでマルクの返り血で濡れていた手なのです。


友を失った悲しみさえも、次の勝利への「燃料」として燃やし尽くし、さらに加速していく。


この「狂気」を「熱意」と呼び変えて進む彼らが、これからタズドット本国という地獄で何を仕でかすのか……。


作者としては、ジギフリットのあの充血した瞳の輝きが、いつかパリンと割れる瞬間が今から楽しみで仕方がありません!


さて、一つの戦いが終わり、さらに大きな「破滅」へと物語は舵を切りました。


黄金同盟の崩壊、タズドットの最期、そしてミケ将軍が描く「新世界」の正体とは。


――次なる舞台でも、誰かの大切な何かが「代償」として捧げられることになるでしょう。


それこそが、この物語があなたに約束する、最も誠実な絶望なのですから。


それでは、次の地獄――もとい、次の話でお会いしましょう!

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