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GREAT HISTORY〜大史伝〜  作者: アイラル
第三部 ミケ将軍タズドット侵略編

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第八十話 血の閂

――勝利には、必ず『対価』が求められます。


それは時に時間であり、時に労力であり、そして最も残酷な場合――それは、二度と戻らない『命』そのものです。


リガナーヴ砦の重厚な扉が軋みを上げて開くとき、ミケ軍の兵士たちは、そこに栄光への道を見ました。


ジギフリット副将軍は、己の策が結実した瞬間に、甘美な達成感を味わいました。


ですが、運命というやつは、いつだって最悪のタイミングで、最悪の『現実』を突きつけてくるものです。


開かれた扉の向こうにあったのは、約束された未来などではありません。


それは、一人の男が全ての生命力を搾り出し、血泥にまみれてこじ開けた、あまりにも生々しい『墓穴』の入り口でした。


歓喜は刹那、凍りつき。


あとに残るのは、心臓を鷲掴みにされるような喪失と、世界を焼き尽くさんばかりの、煮えたぎるような殺意だけ。


英雄なんてものは、物語の中にしかいません。


ここにいるのは、ただ、友の死に泣き叫び、復讐に狂う一人の男と、獣と化した軍隊だけです。


さあ、ご覧ください。


一人の忠実な男の命と引き換えに手に入れた、あまりにも重く、あまりにも赤い、勝利の味を。

 レイ将軍に率いられたミケ軍の1500名の精鋭は、リガナーヴ砦の堅固な外壁の前に、今か今かと突撃の号令を待っていた。


 彼らの視線は、内応工作を託されたマルク・バーダー隊長が開けるはずの内門に集中していた。


 最前線で指揮を執るジギフリット副将軍は、その澄んだ瞳を細め、緊張と期待を全身に漲らせていた。


 彼の脳裏には、マルクが任務を完遂する確信と、それによって得られる完全な勝利のイメージしかなかった。


 そして、その瞬間が訪れた。


 砦の内門が、重い鉄の軋みを上げながら、ゆっくりと、しかし確実に内側へと開いていくのが確認された。


「やったな、マルク隊長!」


 ジギフリット副将軍は、思わず声を上げた。その声には、冷徹な策略家としての勝利への歓喜と、部下の忠誠が報われたことへの個人的な喜びが混ざり合っていた。


 彼にとって、マルクは単なる駒ではなく、自らの非情な理想を共有し、命を懸けてくれた信頼できる部下だった。


 レイ将軍の「突撃!」という冷徹な号令が、夜明け前の空気に響き渡った。


 1500名のミケ軍精鋭は、開かれた門から、堰を切ったようにリガナーヴ砦の内部へと雪崩れ込んだ。


 中央軍の先頭に立ったジギフリット副将軍も、武力と勢いを最高潮に高め、部隊を率いて門内へと突入した。


 彼らが最初に遭遇したのは、敵兵ではなかった。


 門をくぐり、わずかなスペースを進んだジギフリットの視界に飛び込んできたのは、血の海の中に横たわる、一人の兵士の姿だった。


 その兵士こそ、マルク・バーダー隊長だった。


 彼の身体は、複数のタズドット兵によって激しく切りつけられ、全身をズタズタにされて殺されていた。


 最後の抵抗の激しさを物語るかのように、彼の周囲には、マルクの返り血を浴びて倒れたタズドット兵の死骸が二体転がっていた。


 マルクの顔は、苦悶の表情をわずかに残しながらも、その瞳には「任務を完遂した」という強い光が宿っているようにも見えた。


 彼の横には、内門の閂のレバーが、血で真っ赤に染まっていた。


 ジギフリット副将軍は、突如として襲いかかったあまりにも残酷な現実に、全身の熱と勢いを奪われた。


 勝利への歓喜は、一瞬にして凍てつくような悲嘆へと変わった。


「そ、そんな……嘘だろ、マルク隊長ー!」


 普段の冷静さ、冷酷さを完全に失ったジギフリットの声は、野獣の慟哭のように、砦の石壁に虚しく反響した。


 彼は、膝から崩れ落ちるようにマルクの亡骸のそばに駆け寄り、その血まみれの体を見下ろした。


「どうして、どうしてマルク!あんたは、生きて凱旋し、この功績で栄光を掴むはずだったろう!あんたは、この最高な作戦を、生きて証言すべき男だったのに!」


 ジギフリットにとって、マルクは自分の作戦の成功を証明する生きた証人であるはずだった。彼の死は、勝利の美酒を血の泥水に変える、あまりにも重い代償だった。


 かつての話である。


「おらと友達になろうとするなんて、こんな言葉遣いなのに、珍しいずら」

「そんなことはない、言葉遣いだけで差別されるような世の中は間違っている、俺とお前は友達になれる、そんな社会や世界にする為に革命を起こそうじゃないか」

「何でそこまで言ってくれるずら」


 見れば、マルクは茫然自失として涙を流していた。


「だって、俺とお前は」


 そして、今日がある。


「友達だから」


 現代に帰って、呆然とするのはジギフリットだけではなかった。


 彼のすぐ後ろから突入してきたレナード大隊長も、この壮絶な献身と悲惨な最期の光景に、一瞬、足を止めた。


 彼の冷徹な表情にも、驚愕と、言いようのない衝撃の色が浮かんでいた。


「おのれ、ヴァルナルのやつめ、リムリアのために散った英雄マルクの偉大すぎる活躍を何だと思っているんだ、我らの心はリムリアのために、おおお、リムリアのためだったのに」


 レナードは啜り泣くかのような声をあげて悲しむのだった。


「甦れ、甦れ、マルク隊長、一緒に帰ってこの世の天国を楽しもうじゃないか、そう誓い合ったはずなのにー」


 レナードは両手を上げて、天を仰いで悲しむのだった。


 ジギフリットの悲嘆は、一瞬の沈黙の後、激しい怒りへと転じた。彼は、マルクの亡骸から顔を上げると、その澄んだ瞳を真っ赤に充血させた。


「ヴァルナル・オークランスめ!卑怯なタズドット兵めが!マルクの忠誠と命を、このような無様な形で奪うとは!」


 彼の怒りは、個人的な悲しみを超えて、全軍の復讐心へと火をつけた。


 ジギフリットは立ち上がり、血と涙を拭うこともせず、門を突破して逃げ惑うタズドット兵たちに向け、絶叫を上げた。


「ミケ軍の精鋭たちよ!見よ!この血は、我々の同志、マルク隊長の命の代償だ!奴らは、我々の最も勇敢な同志を、卑劣にも殺した!この砦にいるタズドット兵、一人たりとも生かしておく必要はない!マルクの仇を取れ! リガナーヴ砦を、血の復讐の墓標とせよ!」


 ジギフリットの慟哭と怒りの絶叫は、ミケ軍の1500名の士気を、狂気的な復讐心へと変えた。


 マルク・バーダー隊長は、その命と忠誠をもって、リガナーヴ砦の突破口を開き、そして、ミケ軍の戦意を極限まで高めるという、最後の、そして最大の功績を残したのである。


 故郷の為に立ち向かった命、悲しみと共に露の如く消えん。

はい、というわけで、あまりにも鮮烈な「退場」でございました。


マルク・バーダー隊長。


彼のような、一見すると物語の端っこにいそうな男が、最後の最後で世界を動かす歯車になる。


けれど、その歯車を回すための潤滑油は、彼自身の真っ赤な鮮血でしかなかった。


……残酷ですねえ。本当に、運命というのは性格が悪い。


「任務完了」。


その報告を聞くべき本人の耳は、もう二度とジギフリットの賞賛を聞くことはありません。


代わりに響き渡ったのは、冷徹な副将軍の、子供のような慟哭。


愛嬌のある「ずら」という言葉と共に、マルクは逝きました。


しかし、彼が残したものは大きすぎました。


開かれた門。そして、指揮官の心に点けられた、消えることのない復讐の業火。


ここから先、リガナーヴ砦で行われるのは「戦争」ではありません。


理性をかなぐり捨てた獣たちによる、一方的で、凄惨な「弔い合戦」です。


ジギフリット副将軍が流した涙の分だけ、いや、それ以上の血がタズドット兵から絞り出されることになるでしょう。


次回、慈悲はありません。降伏も許されません。


ただひたすらに、命が命であがなわれる、地獄のような夜明けが始まります。


――さあ、代償を支払う時間ですよ。

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