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GREAT HISTORY〜大史伝〜  作者: アイラル
第三部 ミケ将軍タズドット侵略編

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第七十九話 命かける時

――完璧な要塞など、この世のどこにも存在しません。


どれほど高く石を積み上げようと、どれほど堅固に門を閉ざそうと、それはあくまで外敵に対する拒絶に過ぎないのです。


もし、その拒絶すべき敵が、既にあなたのふところに入り込んでいたとしたら?


リガナーヴ砦に籠る者たちは、安堵していました。


分厚い壁が、外の嵐から自分たちを守ってくれると信じて疑わなかった。


その慢心が、彼らの最大の隙。


闇を這うのは、一人の男。


英雄と呼ぶにはあまりに目立たず、しかし凡人と呼ぶにはあまりに重い「忠義」を背負った影。


彼が抱くのは、あるじへの絶対的な献身。


そのためなら、泥をすすり、血を流し、自らの命さえチップとしてテーブルに叩きつける狂気。


一匹のシロアリが巨木を蝕むように。


たった一つの留め金が外れるだけで、巨大なダムが決壊するように。


今、静寂は破られます。


内側からこじ開けられた扉の先にあるのは、救いではありません。


それは、外で待ち構えていた「死」を招き入れる、最悪の招待状なのです。


さあ、その音を聞きなさい。


かんぬきが外れる、鈍く、重い、終わりの始まりの音を。

 ジギフリット副将軍から、「リガナーヴ砦の門を内側から開ける」という極秘かつ極めて危険な任務を拝命したマルク・バーダー隊長は、夜の帳が最も濃い時間帯を選び、砦へと向かった。


 彼の武力は侮れないが、この任務における彼の最大の武器は、その目立たない容姿と、周囲に溶け込む偽装の技術だった。


 マルクは、静かな決意を胸に、心の中で強く誓った。


「おらがこの大任を任された以上、全力を尽くそうとするべきずら。失敗は、ミケ軍全体の作戦失敗につながる。リガナーヴ砦は、おらの手で開かれるべきずら、全てはリムリアのためずら」


 彼の口調は、いつも通り間の抜けた「ずら」を語尾につけていたが、その内心には、自身を信用してくれたジギフリット副将軍への素朴で熱い忠誠心と、職人としての使命感が燃え上がっていた。


 マルクは、砦の構造と警備の動線を事前に詳細に分析しており、最も警備が手薄になる物資搬入口付近の排水溝から、要塞の分厚い石壁の隙間を縫って、まるで泥の中を這う蛇のように内部へと侵入した。


 彼の潜入術は完璧であり、最初の数十メートルは、誰も彼の存在を感知しなかった。


 砦の内部は、外部の強固な防御とは裏腹に、ヴァルナル・オークランス副将軍の油断から来る緩慢な警戒態勢にあった。


 マルクは、衛兵の巡回ルートを把握し、物陰を伝って、目標である中央区画の跳ね橋と連動する内門へと近づいていった。


 砦の内部に満ちる湿気と埃の匂い、そして遠くから聞こえるタズドット兵の間の抜けた話し声が、彼の緊張感をさらに高めた。


 門まであとわずか数十メートルの距離。彼は壁際を移動していた、その時だった。


 曲がり角を曲がってきたのは、たまたま夜食を運ぶために通りかかったタズドットの衛兵二人組。


 マルクは、彼らの存在を音で察知したが、避けきるには一瞬遅かった。衛兵の一人が、影から飛び出してきたマルクの異質な姿に、目を見開いた。


「な…何者だっ!?」


衛兵の叫び声が、砦の石壁に反響した。


「しまった、見つかったずら!」


 マルクは瞬時に状況を理解した。彼の顔に、一瞬の絶望の色がよぎったが、すぐにそれは決意の炎へと変わった。


 衛兵たちは武器を構える、マルクは、熊鬼爪掌を構え、引っ掻き技であるサイレントブレイクなどの技による武力で彼らを制圧することは容易だったが、その戦闘音が、砦全域に警戒警報を鳴らしてしまう。


 マルクは、衛兵の追撃を振り切るために、手持ちの小型の煙幕弾を投擲し、その混乱に乗じて、一気に目標の内門の操作機構へと駆け寄った。


「こんなところで、任務を諦めるわけにはいかねーずら!こんなおらを信用してくれたジギフリット副将軍に恥をかかせるわけにはいかねーずら!」


 彼の心に浮かんだのは、冷徹な策士でありながら、自分に「最も重要かつ危険な任務」を託したジギフリットの信頼だった。


 その信頼こそが、マルクの最大の動力源となった、そして、何よりもリムリアのためであるという大義。


 衛兵たちの怒号と、背後からの追撃を浴びながら、マルクは巨大な内門の閂へと取り付いた。


 それは、外部からの力には決して動かないよう設計された、巨大な鉄の機構だった。


「何としてでも任務は果たしてみせるずら!全てはリムリアのためずら」


 彼は、肉体の限界を超え、全身の力を機構へと叩き込んだ。


 皮膚が擦り切れ、骨が軋むほどの力を込め、重い閂を横へと押し込む。


 衛兵の一人が背後からマルクの肩に剣を打ち込んだが、彼はその痛みを無視し、歯を食いしばって機構を動かし続けた。


「おらはリムリアのためなら命だってかけられるずら」


ギーッ、ガガガガガッ!


 摩擦音と共に、巨大な鉄の閂が、ついに外れる音を響かせた。


 マルクの血と汗とが機構に飛び散る中、彼は命懸けで砦の内部の門をこじ開けることに成功するのだった、リムリアの万民が感謝することであろう。


 マルクの身体は、すでに満身創痍だったが、開かれた門の隙間から差し込む月明かりと、外で待機するミケ軍の熱狂的な気配を感じ取った。


 内門は、開かれた。


 その瞬間、リガナーヴ砦の堅牢な防御は、最も脆い「内部」から崩壊した。


 マルクの任務成功の合図を確認したレイ将軍とジギフリット副将軍は、待機させていた1500名の精鋭に対し、「総攻撃」の号令を下した。


 マルク・バーダー隊長の命と忠誠によって開かれた門から、ミケ軍の冷酷な鉄の波が、籠城するヴァルナル・オークランス副将軍の部隊へと、容赦なく襲いかかろうとしていた。

はい、というわけで、ついに開いてしまいました。


パンドラの箱ならぬ、リガナーヴの門が。


マルク・バーダー隊長。


「ずら」という気の抜けた語尾に騙されてはいけません。


彼がその身を削ってこじ開けたのは、単なる木の扉ではなく、500名のタズドット兵全員を飲み込む、巨大な地獄の釜の蓋なのですから。


一人の男の「忠義」。


それは時に美しく語られますが、敵対する者にとっては、これほど理不尽で厄介な凶器もありません。


衛兵の剣をその身に受けながら、それでも彼は任務を遂行した。


その執念が、堅牢な城壁を無意味な石塊へと変えたのです。


さあ、舞台は整いました。


内側から鍵は外され、外には血に飢えた1500の獣たちが、今か今かとその時を待っています。


中にいる兵士たちは、まだ気づいていないかもしれません。


自分たちの背後にある扉が、守りの要から、死神を招き入れる玄関へと変わってしまったことに。


次回、語られるのは「戦い」ではありません。


雪崩なだれです。


堰を切った暴力が、狭い砦の中をどのように埋め尽くしていくのか。


どうか、その惨劇の結末まで、瞬きせずにお付き合いください。


――絶望は、招かれた客人のように、静かに足を踏み入れましたよ。

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