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GREAT HISTORY〜大史伝〜  作者: アイラル
第三部 ミケ将軍タズドット侵略編

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第七十四話 血の再誕

 戦争は、誰もが望んだわけではなかった。

 それでも、抗えなかった。

 そして今、セシェスに広がるのは勝利の歓喜ではなく、血と涙の匂いだけだった。


 この物語に登場する者たちは、誰もが正義を語れず、誰もが希望を持てない。

 ただ、生き残るために戦い、死者の分まで背負い、そしてまた間違いを重ねていく。


 レイ将軍も例外ではない。

 彼は英雄ではなく、救いをもたらす者でもない。

 ただ、仲間の死に心を折られ、それでも前に進むために“冷酷”を選んだ一人の人間にすぎない。


 この章は、彼がどれほど苦悩し、どれほど壊れていったか――

 そして“新しい秩序”がどれほど多くの犠牲の上に成り立っているかを語る物語である。


 もし、あなたが少しでも弱い心を持っているのなら、

 ここでページを閉じた方がいいのかもしれない。


 だが、それでも読み進めるのなら――

 あなたはきっと、セシェスの夜に響く悲鳴と、

 その奥底にある、どうしようもない絶望を知ることになるだろう。

 セシェス地方官邸の中庭を、レイ将軍が発した「三つの布告」(略奪、徴兵、虐待の許可)の冷たい衝撃波が支配していた。


 住民の嗚咽と、捕虜となった官僚たちの絶望的な沈黙が、その非情な現実を物語っている。


 ミケ軍の左翼を担うリーヴェス副将軍は、その布告を聞き終えた後も、未だ布告台の傍らを離れられずにいた。


 彼の顔には、傲慢な自信と獰猛な武力とは裏腹の、困惑と、武人としての微かな倫理的な動揺が浮かんでいた。


 彼は、戦場で敵を討つことには一切ためらいはないが、非戦闘民からの組織的な収奪と虐待の公認という行為には、純粋な武力の美学とは異なる、冷たい不協和音を感じていた。


 リーヴェスは、静かに立つレイ将軍に、その困惑を隠さず尋ねた。


「今回は無茶な気もするが、いいのかい、レイ将軍」


 彼の言葉に含まれる「無茶」とは、敵の武力ではなく、国際的な非難、そして占領地住民の根深い反感を意味していた。


 リーヴェスにとって、このような極端な残虐行為は、長期的な統治にとって非合理であるように思えたのだ。


 レイ将軍は、リーヴェスの正直な戸惑いを予想していたかのように、静かに、そして冷徹に答えた。彼の視線は、遠くタズドット本国の方向を見据えているようだった。


「問題ない、リーヴェス副将軍。貴殿の懸念は理解できるが、我々の行動は、戦後の長期的な安定のためには必要不可欠な措置だ。」


 レイ将軍は、リーヴェスの倫理的な懸念を、あっさりと戦略的合理性へとすり替える。


「ミケ将軍の軍団は、貴殿方が守ってきた『黄金同盟の甘いルール』の支配する世界から抜け出した。このリムリアは、タズドットや、その背後にいる列強に、二度と『舐められない』存在として生まれ変わらねばならない。そのために、新しい支配の冷酷な鉄則を、最初期に、極端な形で植え付ける必要がある。その役目を、ミケ将軍は我々に託してくれているのです。」


 レイ将軍の言葉は、恐怖による支配こそが、最も安価で効率的な統治手段であるという、ミケ将軍の非情な哲学を体現していた。


 「舐められない」ことの代償として、セシェスの住民の人権の完全な剥奪が選ばれたのだ。


 リーヴェス副将軍は、レイ将軍の冷酷な論理に、反論の言葉を見つけられなかった。


 武人として、彼は力の支配を信奉している。


 だが、彼の武力は敵兵に向けられるものであり、非武装の民衆に向けられる組織的な暴力は、彼の武の美学にわずかながらも傷をつけた。


 彼は、荒廃したセシェスの街並みと、レイ将軍の冷酷な横顔を交互に見つめ、深く息を吐いた。


「この国は生まれ変わったな……いいか、悪いか、分からんが」


 リーヴェスが口にしたのは、ミケ将軍による新しい秩序への正直な評価だった。


 それは、タズドットの腐敗した旧体制が終わったことへの確信と、新しい秩序のあまりの冷酷さへの率直な困惑を同時に含んでいた。


 彼の「困惑」は、ミケ軍の狂気が持つ両義性を象徴していた。


 リーヴェスの逡巡に対し、レイ将軍は、再び絶対的な確信をもって、その答えを否定した。


「何を言いますか、リーヴェス副将軍! 貴殿ほどの武を持つ者が、このような曖昧な言葉を口にしてはなりません。当然、素晴らしい生まれ変わりではありませんか!」


 レイ将軍は、満足したようにそう答えるのだった。彼の「素晴らしい」とは、ミケ軍の野望達成にとって最も都合が良いという意味であり、犠牲や倫理は、その評価の対象外だった。


 この「生まれ変わり」は、タズドットの旧支配層、そして黄金同盟の列強から見れば、「忌まわしい狂気」であり、「人類の堕落」であった。


 しかし、ミケ将軍の教義に深く染まった者たちにとっては、「古い腐敗の破壊と、新しい合理的な秩序の建設」という、熱狂的な賛辞をもって迎え入れられるものだった。


 この生まれ変わりは、セシェスの血と涙の上に築かれ、リムリア全土に広がる賛否両論、そして時代の激しい対立を予感させる、決定的な瞬間となったのである。

 はい、というわけで――セシェスは、見事に“生まれ変わって”しまいました。

 おめでとうございます、と言うべきなんでしょうか。

 いや、むしろ「ご愁傷様です」のほうが合っているのかもしれませんね。


 レイ将軍も、リーヴェス副将軍も、そしてセシェスの民たちも、例外なく。

 誰一人として、この地獄の幕開けに拍手なんてしていません。

 強いて言うなら、ミケ将軍だけは満面の笑みかもしれませんが――まあ、彼はいつもそうなのでカウントに入れないでおきましょう。


 今回の物語では、仲間の死、非戦闘民への布告、そしてそれに伴う“支配の理屈”が描かれました。

 レイ将軍は苦しんだ末に、最も効率の良い道を選び取りました。

 ええ、効率はいいんでしょうね。

 倫理を踏み倒して、良心を焼却炉にぶち込んだ先にある“効率”は、きっと誰よりも輝いていることでしょう。


 ですが、ここで一つだけ言わせてください。


 ――この道の果てで、誰も幸福にはなれません。


 本人も、周囲も、犠牲者も。

 ただ、壊れた世界の上で、壊れたやり方を正当化し続けるだけです。

 それでも前に進まなければならないのが、戦場の、そしてレイ将軍の残酷すぎる宿命なのです。


 リーヴェス副将軍が抱いたわずかな倫理の痛み、

 レイ将軍が見せた怒りと悲しみの衝動、

 そして何より、セシェスの人々の絶望――

 これらすべてが、ただ「新しい秩序」という名の下に押しつぶされていきます。


 ええ、分かっています。

 読者の皆さんは、そろそろこう思っているでしょう。


 ――“これ本当に大丈夫なの? この軍、もう救いなくない?”と。


 その疑問、正しいです。

 むしろ、ようやくスタートラインに立てたと言っても良い。


 ここから先、レイ将軍たちが踏むのは、

 希望と絶望が何層にも折り重なった、救いのない沼地です。


 足を取られて沈むのか。

 それでもなお抜け出そうともがくのか。

 あるいは、沈むことすら正義だと錯覚するのか――


 答えは、次の話でお見せしましょう。


 だってこの物語は、

 “血塗れの希望”と“笑えない皮肉”こそが似合う世界なのですから。

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