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GREAT HISTORY〜大史伝〜  作者: アイラル
第三部 ミケ将軍タズドット侵略編

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第六十九話 砕ける秩序

 ――どれほど美しく飾り立てられた支配でも、崩れるときは一瞬だ。


 その瞬間に立ち会った者は皆、口を揃えてこう言うだろう。

「まさか、こんな終わり方をするなんて」と。


 強者を自称する者ほど、自分が敗北する未来を想像しない。

弱者を見下す者ほど、自分が弱者になる未来を知らない。

そして、この夜のセシェスは、その愚かさを証明する舞台に選ばれた。


 降りしきる破壊の粉塵、冷たい空気、砕かれた威厳。

夜明け前の闇は、敗者の叫びを隠そうともしない。

ただ静かに、ただ残酷に、その崩壊を照らした。


 ――これは、一夜にして奪われた支配の物語。

 そして、言い訳すら許されない現実に、ひとりの地方官が叩きつけられる瞬間である。

 セシェス地方官アルフォンス・ホーカンソンの執務室――かつてはタズドットの植民地支配の絶対的な権威を象徴したこの場所は、今、ミケ軍の暴力によって、見るも無残な敗北の記念碑と化していた。


 窓ガラスは爆風で吹き飛び、夜明け前の冷たい外気が、粉々になった書類と、高価な家具の破片が散乱する室内へと容赦なく流れ込んでくる。


 黒髪のアルフォンスは、屈辱的な寝間着姿の上に、かろうじてローブを羽織っていたが、そのきちんとした髪型だけが、彼が必死に保とうとする虚飾の威厳の名残だった。


 彼の顔は青ざめ、目には奇襲の極度の恐怖と、理解不能な現実への怒りが入り混じっていた。


 中央軍のジギフリット副将軍に強引に捕らえられ、彼は勝利者の前に引き立てられた。


 その勝利者こそ、レイ将軍だった。


 レイは、周囲の破壊と混乱とは一切無縁のように、完璧な姿勢で静かに立っていた。


 彼の眼差しは、アルフォンスのヒステリックな感情を一切受け付けず、まるで死んだ魚のような冷たさを放っていた。


 アルフォンスの口から漏れたのは、自己の責任から逃れようとする、見苦しい絶叫だった。


「そんな、こんな取るに足らない奇襲で負けるなんて、嘘だ!ありえない!このセシェスは、タズドットが何十年もかけて築き上げた、完璧な支配領域だ!たった一晩で、お前たちのような野良犬の集団に奪われるなどと、誰が信じられるというのだ!」


 彼は、自らの敗北を「偶然」や「ミケ軍の卑劣さ」に帰着させることで、自分自身の無能という現実から目を逸らそうとした。


「卑怯だぞ、お前ら!正々堂々たる騎士道精神を持った軍隊のやり方ではない!なぜ正面から来なかった!我々が、お前たちゲリラの存在すらまともに把握できていなかったことを知っていて、夜討ちを仕掛けるとは!これは、文明世界の戦争のルールに対する冒涜だ!」


 彼の発言は、タズドットが長年、自らの傲慢なルールの中でしか戦う意思を持たなかったことを証明していた。


 ミケ軍の「目的のためなら手段を選ばない」という冷酷な合理性は、アルフォンスのような旧体制の人間には、「卑怯」という非難の言葉以外に見つけられなかった。


 そして、彼の怒りは、セシェス防衛の最高責任者である自分自身ではなく、本国の指導部へと向けられた。


「すべては、本国の怠慢だ!タズドットの大将軍たちさえ、この植民地に駐屯していてくれたなら、状況は全く違っていたはずだ!ヨアキム将軍のような偉大な指導者、そして万全の軍隊さえいれば、お前たちなど瞬時に蹴散らされていた!私の敗北は、本国がこの最前線を軽視した結果によるものだ!私は悪くない!私はこの植民地の、ただの忠実な管理者だった!」


 彼は、きちんとした髪型という外見を守るために、自己の責任という重荷を本国の巨大な権威に投げつけ、被害者としての地位を確保しようと必死だった。


 その姿は、敗北の痛みよりも、自らの立場を守ろうとする哀れな保身の念に駆られていた。


 アルフォンスのヒステリックで、情けない責任転嫁の言葉の洪水に対し、レイ将軍は、一瞬たりとも表情を変えることなく、冷徹な沈黙を貫いた。


 彼の沈黙は、アルフォンスの言葉が、戦略的にも、政治的にも、一切の価値を持たないことを示す、究極の断罪だった。


 レイの瞳には、感情的な混乱も、同情も嘲笑もない。あるのは、ただ「計画の次のステップ」を見据える、冷酷な観察者としての視線だけだった。


 レイは静かに一歩前へ進み、靴の先で、散乱したタズドットの植民地関連の文書を軽く蹴った。


 その小さな動作が、アルフォンスの絶叫よりも遥かに重い現実を突きつけた。


「貴様の言い分は、この戦いの結果とは無関係だ、アルフォンス地方官。我々は勝利し、貴様は敗北した。必要なのは、貴様の言い訳ではない。貴様が保持する、セシェスの全権限だ。」


 レイ将軍のこの冷たい視線と、支配的な存在感が、アルフォンスを完全に打ちのめした。


 彼は、タズドットの秩序が、自らが軽蔑した「卑怯なならず者」の暴力によって、いかに脆く崩壊したかを、全身で理解させられたのである。

 敗北は、いつだって唐突で、そして理不尽だ。


 負けた者は口々に理由を並べる。

「準備が足りなかった」

「味方が助けてくれなかった」

「相手が卑怯だった」

――そんな言葉は、勝者の前ではただの空虚な泣き言にすぎない。


 だが、アルフォンスにとっては違った。

それは彼自身の世界を守るために必要な“最後の防壁”だった。

彼の威厳も、支配も、誇りも、すべてはその言い訳に寄りかかっていたのだ。


 結果として、その防壁はレイ将軍の沈黙によってあっけなく崩れ落ちた。


 戦いは終わった。

だが、敗北を受け入れた者と、受け入れられなかった者の物語は、

ここからさらに深く分岐していく。


 ――勝者は次の戦いへ。

 敗者は後悔とともに、終わらない夜を彷徨う。


 物語は、まだ続く。

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