第六十六話 暴力の福音
――物語というものは、えてして理不尽の上に成り立つ。
望んだわけでもない戦いに放り込まれ、勝てる保証などどこにもなく、
信じていた策はあっさり崩れ、頼りにしていた仲間の顔には疲労の色が濃い。
誰もが胸の奥では分かっているのだ。
「最初から順風満帆に進むはずがない」
それでも、だ。
それでも前に進むしかないのが、戦場という名の地獄であり、
この世界に生きる者たちの、救いの欠片すら許されない現実だ。
この物語に登場する将軍たちは、強くあろうとした。
賢くあろうとし、誇り高くあろうとし、
――そして何より、生き延びようとした。
だが、彼らが選ぶのはいつも同じ道だ。
痛みと後悔と、報われない覚悟で満たされた、
“最悪の未来に最も近い選択肢”ばかり。
そんな彼らの歩みを、あなたはどう感じるだろうか。
もし少しでも胸を熱くし、
あるいは胸の奥が冷たく凍りつくような感覚を覚えたのなら、
――この物語は、きっとあなたにとって特別なものになる。
それでは、続きと地獄を覗き込む覚悟ができた読者へ。
ようこそ、歪みと決意で満ちた戦場へ。
ここから先は、覚悟と選択の物語だ。
レナード大隊長とジギフリット副将軍の間で、血腥い勝利と生存への固い誓いが交わされ、作戦テント内の熱気は、既に煮えたぎる鉄のように高まっていた。
レイ将軍は、その熱量を冷静に測りつつ、最後のピースへと視線を向けた。彼の計画は、既に狂気と合理性の完璧な融合体となっていた。
レイは、会議の総仕上げとして、左右の翼を担う二人の武将に、有無を言わせぬ眼差しを向けた。彼の視線は、「わずかな疑念すら、この場で粉砕する」という、冷たい威圧を放っていた。
「ビテン、リーヴェス。お前たちにも、このセシェス攻略計画に何か疑問や問題点はあるか?この期に及んで、計画に穴があるなど、許されざる失態だぞ。」
レイ将軍は、彼らの武力が、この作戦を成功に導くための二つの大槌であることを理解していた。
まず、右翼の部隊を率いるビテン副将軍。彼は、頑強な鎧に身を包み、寡黙にして揺るぎない武人としての本質を持つ。
彼は、レイ将軍の戦略的な思惑を深く理解するというよりも、レイが下した「勝利」という結論の実現に全力を尽くす、ミケ軍の「実行力」を代表する男だった。
ビテンは、レイの視線に対し、一言も発することなく、ただ静かに、しかし地響きのような重みを持って首肯した。その頷きは、「我々の武力は、この作戦に、いかなる欠陥も生じさせない。私が全責任をもって、敵の右翼を完全に粉砕する」という、一切の言葉を必要としない絶対的な忠誠と決意の表明だった。
彼の体からは、既に戦場に立つことを渇望する、鈍い闘気が立ち上っていた。
次に、左翼を担うリーヴェス副将軍へと視線が移る。
リーヴェスは、豪華な刺繍の軍服と、傲然とした態度が特徴的だ。
彼は、細身の体躯に似合わぬ猛烈な個人の武力と、それを統率する冷徹な統率力で知られていた。
彼は、今回の作戦を、自らの武名をリムリア全土に轟かせるための、最高の舞台と捉えていた。
リーヴェスは、口元に薄く傲慢な笑みを浮かべたまま、レイ将軍の問いをまるで凡庸な質問とでも言うかのように受け流した。
「我輩に、疑問などあろうはずがない。レイ将軍よ、我々がミケ将軍の旗の下に集っているのは、武力こそが全てであることを証明するためだ。愚かなタズドットの防衛線、彼らが頼る数の論理など、我が軍の圧倒的な個々の戦闘力の前では砂上の楼閣にすぎん」
彼の「我輩」という尊大な口調と、その響きには、自分こそがこの作戦の真の主役であるという、抑えがたい自負と野心が滲んでいた。
彼は、今回のセシェス攻略が成功するための鍵は、レイの緻密な情報戦や外交工作ではなく、彼自身の部隊が持つ破壊的な暴力にこそあると確信している。
「ギーラピで、フィリップなどという臆病な間抜けが死んだ時点で、タズドットの防衛は既に崩壊している。それを修復する策も、兵力も、もはや奴らには残されていない。それを打ち破るのに、複雑な策略など不要だ。必要なのは、我輩が持つこの暴力、そしてそれを完璧に実行する力だ」
リーヴェスは、レイ将軍の冷静な戦略を認めつつも、自らの武力こそが最終的な審判者であることを強調した。
「レイ将軍よ、安心されよ、我輩の左翼が、右翼や中央軍よりも先に敵の防衛線を徹底的に突き崩し、全軍の勝利を決定づけてみせよう。セシェス陥落の報は、我輩の部隊の雄叫びと共に、最初に届くことになるだろう」
ビテンとリーヴェスという、純粋な「力」を担う二人の副将軍の賛同を得たことで、レイ将軍の作戦は、理論と実践、知と力の全てにおいて、隙のない完璧な構造となった。
レイは、彼らの武力と野心を、己の野望の炎を燃やすための最高の燃料として利用できることに、深い満足感を覚えた。
作戦テントの中は、もはや単なる会議の場ではない。
それは、狂気の信仰と、冷徹な合理性が融合し、世界を破壊し、創造するための血腥い儀式の場と化していた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回もまた、痛みと後悔と因果ばかりを積み重ねた物語になってしまいました。
戦いは終わりましたが、読んで分かる通り、
勝ったようで負け、得たようで失い、救ったつもりで誰も救えていない――
そんな、どうにも後味の悪い結末だったと思います。
けれどこの世界では、それが“普通”なんです。
努力すれば報われる?
正しい選択をすれば誰かが助かる?
そんな都合のいい話が通じるほど、戦場は甘くありません。
むしろ、正しいと思って選んだ行動こそが、
より深い地獄を引き寄せることだってある。
レイ将軍をはじめ、多くの武将たちが抱える矛盾と歪みは、
彼らが弱いからではありません。
“彼らが人間だから” です。
人は間違い、躓き、そしてまた立ち上がる。
それが、どれだけ苦しくても。
今回の物語を通して、その不器用さやどうしようもなさが、
少しでも伝わっていれば嬉しいです。
さて、ここから先の物語はさらに苛烈になります。
彼らが選ぶ未来が、光へ向かうのか、あるいはまた別の地獄へ沈むのか――
その答えは、この先のページに委ねることとしましょう。
それではまた、次の戦場でお会いしましょう。
読んで下さり、本当にありがとうございました。




