第六十一話 暴将の影、揺らぐ覇権――ガプペ連合閣議の断裂
――たった一人の将軍が、国のトップ会議をここまで荒らすなんて、いったい誰が想像しただろう。
ミケ・フリードル。
“暴将”の二つ名を持つ男が動いた瞬間、ガプペ連合の政治は静かに狂い始める。
タズドットの隠された侵略計画。
ミケ軍が叩きつけた圧倒的勝利。
そして、彼自身の常識外れの武力。
これらすべてが、巨大国家の閣議室に“揺らぎ”をもたらした。
冷酷に勝利の計算だけを積み上げるゲイブ大臣。
国家の理念を守るため、必死で暴将を止めようとするハメラン首相。
二人のぶつかり合いは、もはや政治というより“バトル”だった。
だが、本当の戦いは――この国全体が、ミケという怪物を前にどう動くか、そこにある。
これは、一人の将軍が国家の根幹を揺らし、世界地図そのものを書き換え始める物語。
静かに始まる“覇権の崩壊”と“新時代の胎動”を追う第26話。
ガプペ連合閣議室。
ここから、世界の運命が少しずつ狂いはじめる。
ガプペ連合の閣議室は、静かに、しかし激しく燃える戦場だった。
ミケ将軍の最大の協力者であるゲイブ・ジェンキンズ大臣は、一切の感情を排し、ただ冷徹な勝利の論理を押し通した。
彼は、議事録係が書面に起こしたダリク・ダウニイング外務官の証言――「ミケ軍の行動は合法的」――を、盾として掲げた。
「そんなことはありません、首相。戦争自体は合法だったのですよ。我が国の外務官が、公然と『法的に問題なし』と宣言したのですから、これ以上の追及は、国際社会における我が国の威信を損ねるだけです。文句をつけようがないではありませんか。感情論では、外交は動かせませんよ。」
ゲイブ大臣の論理は、極めて緻密だった。彼は、タズドットの『侵略の物的証拠』と、ミケ軍の『人命救助』という二枚のカードを手にしている。この状況でミケを非難すれば、それは国際法と人道支援を否定することになりかねない。
しかし、ゲイブの真の懸念は、その法的な枠組みの外にあった。彼は、ハメラン首相の怒りや、閣僚たちの道徳的懸念を鼻で笑うと、声を潜めて続けた。
「それよりも問題は、今回の件でミケ将軍を怒らせなければいいのですが。」
この一言が、ゲイブ大臣の政治哲学の核心を突いていた。ミケ・フリードルは、計算と破壊で動く巨大な力である。
ゲイブは、この力を利用してガプペ連合の裏の権益を拡大しようと目論んでいるが、決してミケを支配できるとは思っていない。
ミケを怒らせれば、リムリアとの国境沿いで新たな軍事紛争を招き、ガプペ連合は自らの手で破滅的なリスクを招き入れることになる。
ゲイブ大臣にとって、国家の威信よりも暴将の不興を買わないことこそが、究極の現実的な選択だったのだ。
彼は、屈辱的な服従の論理によって、ガプペ連合を嵐から守り、同時に私腹を肥やそうとした。
対するハメラン・パートリッジ首相は、ゲイブの屈辱的な現実主義に激しく抵抗した。
首相の怒りは、ミケ将軍に向けられている以上に、その狂気を容認しようとするゲイブ大臣の道徳的腐敗に向けられていた。
首相は、ミケの武力に屈することを拒否し、議事録のペンがカタカタと音を立てるほど強くテーブルを叩いた。
「いや!怒らせてしまって何が悪いというのか!大臣!あなたは一人の暴徒が持つ武力という『脅し』を恐れ、我が連合国が長年築き上げてきた国際的威信と、公正さという正義を売り渡している!」
首相は、ミケを批判しないという選択は、ガプペ連合が「悪と手を組んだ」という汚名を着ることを意味すると憂慮した。
もしミケ将軍の無法を容認し続ければ、それはタズドットとの関係修復を不可能にするだけでなく、黄金同盟全体の反発を招き、ガプペ連合の外交的孤立を決定的なものとする。
「悪いのは、我が連合国を騙し、秘密裏に武器を輸送させようとしたタズドットと、その状況に乗じて暴力を振るうミケ将軍側ではないのか!」
首相の「悔しさ」は、単なる私的な感情ではなかった。
それは、国家の最高指導者として、ミケという狂気の賭けに乗らざるを得ないという、外交的無力感と、国家の威信を暴徒の顔色で決定せざるを得ない時代への悲痛な嘆きだった。
「それぐらい悔しくて仕方ない!もし我々がここで、ミケ将軍の非道を断罪できなければ、歴史は我々を暴力を恐れて沈黙した卑怯者として裁くだろう!大臣、あなたは短期的な利益のために、長期的な国家の品格を破壊しているのですよ!」
この閣議室の議論は、ミケ将軍の反乱が、すでにガプペ連合の最高意思決定にまで決定的な亀裂を生じさせていることを示していた。
• ゲイブ大臣は、法的な盾と暴将の恐怖を組み合わせた戦略で、首相の感情論を圧倒。彼は、ミケの勝利がガプペ連合にもたらす裏の利権を確保し、タズドットを弱体化させるという冷酷な目標を達成しようとしていた。
• ハメラン首相は、道徳的・政治的観点からミケを断罪しようとしたが、ギーラピで得られた「タズドット侵略計画の物的証拠」という絶対的なカードが、彼の足を引っ張り、外交的な発言力を奪っていた。
閣議室の議論は、ミケ将軍の武力が、タズドットという大国を崩壊させるだけでなく、ガプペ連合という超大国の外交政策さえも捻じ曲げ、新たな世界秩序の形成を強制しているという、紛れもない事実を映し出していた。
本章では、ミケ将軍という一人の暴将が、国家間の均衡だけでなく、
ガプペ連合という超大国の「理念」と「威信」までも揺さぶる姿を描いた。
戦場に立つ兵だけではなく、遠く離れた閣議室でさえ、
彼の影は濃く、重く、そして鋭く落ちている。
ゲイブ・ジェンキンズ大臣は、その影を現実と認め、
国家の論理を歪ませてでも利用しようとする狡猾な現実主義者である。
一方で、ハメラン・パートリッジ首相は、
国家が持つべき「品格」や「正義」を信じ、
暴力に屈しないという矜持だけを頼りに立ち向かおうとした。
だが、どちらが正しかったのか、正解は読者の胸の中にある。
もし、ミケ将軍がいなければ――
もし、タズドットの侵略計画が暴かれなければ――
もし、ゲイブがただの官僚であったなら――
もし、首相がもう少しだけ冷徹であったなら――。
歴史は分岐し、国家の選択は変わり得た。
しかし、物語とは常に「最悪の選択」から動き始めるものだ。
暴力と正義、国益と理念、私情と計算。
そのすべてが入り混じり、閣議室の空気は戦場以上に濃密であった。
本編を通して、読者の皆様が――
「力の狂気」と「正義の無力」の狭間で揺らぐ国家の姿を、
わずかでも感じ取っていただけたなら幸いである。
そして、この先の物語は、
ガプペ連合、タズドット、
さらにはミケ将軍自身の運命をも巻き込みながら、
より激しく、より深く波打っていくだろう。
その行く末を、どうか見届けてほしい。




