第五十七話 滅刃魔皇銃の一撃
フィリップ・フリーデン副将軍は、500名の兵を率い、まるで制御を失った雪崩のようにミケ軍の精鋭50名へと突進していた。
彼の脳裏は、既にミケ軍に先制攻撃を仕掛けたこと、そして何より馬車の中に隠された侵略用の武器が露呈するかもしれないという、極度の恐怖と焦燥で満たされていた。
彼の指揮は、戦術的な合理性を完全に欠き、ただ「見つかる前に片付けたい」という本能的な叫びだけが兵士たちを突き動かしていた。
レナード大隊長は、その無秩序な突撃を前に、冷酷なまでに冷静だった。
彼はミケ将軍から、「戦場の常識は、最も無能な者たちが作った規律に過ぎない」と叩き込まれていた。
タズドット軍の500名は、その「常識」、すなわち数の優位に依存している。レナードが狙うのは、その常識を根底から覆す非情な奇襲の一撃だった。
彼は特殊な構造を持つ彼の銃剣、『滅刃魔皇銃』に魔力を集中させた。この武器は、通常の弾薬ではなく、周囲の魔力を極限まで圧縮し、音速を超えて放出される不可視の弾丸を生成する。その威力は、通常の魔法を凌駕し、ミケ軍の「非情な実利主義」を体現する武器だった。
レナードは、かつて騎士道精神に傾倒していた頃の自らの「礼儀」という弱さを完全に捨て去り、今や「勝利の最短距離」のみを追求する、ミケ将軍の教義を体現する存在となっていた。
「フィリップ副将軍を討て。奴の心臓こそ、この500名の指揮系統を瞬時に麻痺させる神経毒だ!」
レナードの指示は、部隊の魔術師たちに正確に伝わった。
彼らは防御を最小限に抑え、その分の魔力と精神力をレナードへの集中砲火に注ぎ込んだ。
50名という小さな集団が、ひとつの巨大な狙撃銃へと変貌する。
フィリップ副将軍は、勝利を確信した愚かな笑みを顔に浮かべながら、馬の嘶きと共に最前線に躍り出た。
彼はレナードが銃剣を構えていることなど、もはや眼中になかった。
タズドット軍の波が、レナード隊の防衛ラインからわずか十数メートルの地点に達した、その瞬間。
ドシュッ――
それは、戦場の喧騒を切り裂くような、静かで、しかし聴覚を麻痺させるほどの高密度の衝撃音だった。
レナードの魔弾は、フィリップの目の前で薄く展開されていた風を、まるで水面に小石を投じたかのように抵抗なく貫通し、彼の胸部中枢、心臓の真下に吸い込まれた。
フィリップは、自分の身体が、まるで巨大な城壁を内側から破壊されたかのような、内臓が引き裂かれる激痛と、凄まじい衝撃に晒された。
その衝撃は、彼の魂を肉体から引き剥がし、時間の感覚を完全に停止させた。視界は一瞬にしてホワイトアウトし、色彩と音が遠のいていく。
彼の口から噴き出したのは、血沫と、彼が抱えていた全ての無念、恐怖、そして道徳的な矛盾が凝縮された、最後の絶叫だった。
「ガハッ……悪魔め、突然踏み荒らしてきた悪魔め、僕たちが何をしたって言うんだ!」
彼の「何をしたって言うんだ」という問いは、彼自身がタズドットの命により計画していたバツネ侵略という罪を棚に上げた、あまりにも自己中心的な断罪の言葉だった。
彼は、ミケ軍の「非合法的な暴力」によって、自分たちの「合法的なふりをした陰謀」が打ち砕かれたという、不条理さに最後の抵抗を試みたのだ。
その断末魔は、タズドット兵の雄叫びの波に一瞬で飲まれ、フィリップは馬から投げ出され、泥と血の中に二度と動くことはなかった。
フィリップの突然の死は、500名のタズドット軍に、心理的な津波となって伝播した。
突撃の勢いは瞬時に砕け散り、最前線の兵士たちは、自分たちの指導者が、何が起きたのかすら分からぬまま、文字通り一撃で斃された光景を目撃した。
この衝撃は、単なる指揮系統の麻痺以上のものだった。
それは、タズドット軍の兵士たちが持つ、「数の優位は絶対である」という長年の常識が、たった一人の男の一撃によって、あまりにもあっけなく崩壊させられるという、戦争の新しい恐ろしさを突きつけられた瞬間であった。
レナード大隊長は、冷静に事態の収束を確認した。
「当たりやがったのか……運がいいな、俺は。だが、これは偶然ではない」
彼は口元に冷たい笑みを浮かべた。
彼の勝利は、自分の技量に対する誇りではなく、ミケ将軍の冷酷な戦術的論理が、この戦場でも正しかったという、その事実に対する冷徹な肯定だった。
「見ろ!これがミケ将軍の教えだ!古き礼儀など、戦場では意味をなさない!勝利の最短距離を選んだ者が、この戦場の支配者となるのだ!」
レナードの部隊は、もはや躊躇しなかった。
タズドット軍は、指揮官を失い、恐怖と混乱に支配された無脊椎動物の塊に成り下がっていた。
50名対500名の戦いは、すでに勝敗が決したのである。
夜明け前の闇の中で、ミケ軍の精鋭たちは、崩壊し始めた敵の心臓部へ、冷酷な狩りを開始した。
この小さな戦いの成功は、後の大規模な戦乱において、ミケ将軍の「数よりも個の力」という哲学を証明する、最初の重要な証拠となったのである。
指導者の心臓こそ、大軍を麻痺させる唯一の急所。




