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GREAT HISTORY〜大史伝〜  作者: アイラル
第三部 ミケ将軍タズドット侵略編

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第五十六話 五百を断つ針

 レナード大隊長が空に捧げた「開戦の礼」、すなわち古代の騎士団が用いた戦場での儀礼的な魔法は、フィリップ・フリーデン副将軍の焦燥によって、完全に踏みにじられた。


 轟音と共に大地を揺らし迫りくる500名の突撃は、レナードの耳元で、フィリップの心に巣食う「卑劣な秘密の発覚」への恐怖を代弁しているようだった。


 タズドット軍の兵士たちは、単に前進しているのではない。


 彼らは指揮官の怯えと焦燥を増幅させながら、統制を欠いた泥の津波のように押し寄せてくる。


 レナードの背筋に走ったのは、武人として逃れられない「死」への本能的な恐怖――彼が自嘲的に「ぶるっちまう」と呼ぶ感覚――だった。


 この感覚は、平和な時代を生きた人間なら誰もが持つ生存本能である。


 しかし、その恐怖は、ミケ将軍の旗の下で手に入れた、非情な実利主義という新たな信条によって、即座に押し潰された。


 彼は、このテロリスト軍団に入り、安穏な平和を捨てた代償として、勝利と莫大な褒賞を約束されている。


 恐怖を凌駕するものが、この部隊の唯一の「士気」の源泉だった。


 レナードの部隊を構成する魔術師や銃士たち――多くは元々社会の底辺にいた者たちだが、今やミケの教義を信奉する冷徹な兵士となっていた――は、その瞳に、敵の数の多さに対する怯えではなく、獲物の多さに対する飢えた歓喜を宿していた。


 「一人殺せば、敵の十人分の褒賞が手に入る」。この極めて具体的な生存競争の論理が、彼らの血液となり、神経を研ぎ澄ましていた。


 レナードは、突撃してくる敵の隊列を冷静に分析した。


 フィリップ副将軍の指揮は乱雑で、横方向の展開に厚みがない。


 この突撃は、数という鈍器に頼り切った、旧世代の戦争の典型だった。


 彼らは「波」として押し寄せてくるだけで、「刃」としての鋭さを持たない。


 タズドット軍の練度は、正規の戦いではなく、占領地での警備や内政に慣れきった、平和ボケした筋肉で構成されていた。


 彼は剣を抜き放ち、その切っ先を、迫りくるタズドット兵の波をかき分けるように、明確な目標へ向けた。剣の表面に日の光が鈍く反射する。


「戦争とはぶるっちまうが仕方ねえ。だが、ここで立ち止まることは、ミケ将軍の論理、そして我々の野望に対する背信行為だ。我々は、勝つために、最も効率的で、最も非情な手段を選ぶ。」


 レナードは静かに、しかし決然と言い放った。


 彼の声は、迫りくる轟音の中でも、部下たちの耳に深く刻み込まれた。


 彼はタズドットの礼儀を尊重したが、彼らがそれを拒否した以上、もはや遠慮はいらない。


 テロリストとしての非情な戦術が許されるのだ。彼らが騎士道の礼儀を嘲笑した代償は、血と命で支払わせる。


「次はきっちり当ててやれ。あの礼儀知らずで、臆病な豚――フィリップ副将軍の心臓を直接狙え!奴の死こそが、この500名の戦意を、一瞬でゼロに引き下げる最速の戦術だ!」


 レナードの指令は、シンプルかつ冷酷な「敵将討ち取り」という一点に集約された。


 タズドット軍が数の優位を信じて集団での衝突を目指す中、ミケ軍は、一点集中による神経系の破壊、すなわち指揮系統の麻痺を狙ったのだ。


 これは、ミケ将軍が三地方官との戦いで証明した、「兵士の個人の強度が、数を凌駕する」という新たな戦争の論理を体現していた。


 レナードの部隊の魔術師たちは、水の魔法に、より威力の高い、しかし魔力消費の大きい炎の弾丸を装填し始めた。


「さあ、お互いに戦争をおっ始めようぜ、敵さんよ。貴様らが守ろうとした秘密の馬車も、貴様らの指揮官も、何もかも、この場で我が軍の戦利品と化す!お前たちの平和は、今日、このギーラピの地で終わる!」


 レナードは剣を振り下ろし、突撃を命じた。


 彼の50名の部隊は、まるで鋼鉄の意志を持つ細く鋭い針のように、500名の怒濤のような突撃に突き刺さっていった。


 数の優位に酔うタズドット軍が意識を集中する「面」の戦いではなく、ミケ軍は、指揮官という「点」を貫く戦術的な奇襲を敢行した。


 夜明け前の闇が、彼らの狂気と冷酷さを深く飲み込んでいった。

五十の影が、五百の喉を狩る。

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