第五十二話 猫のお見舞い
もはやどうでもいいかもしれない話がある。
猫を可愛がっている戦士がおり、毎回餌をあげていると、ある時病気になった時にお見舞いに来た猫がいたという。
その後、王宮で働くようになって、猫が再び戦士に会おうとすると別の戦士が何も知らずに怪しい猫として殺してしまい、戦士は死んでしまったかとお墓を建ててあげるのでした。
死んでしまうかもしれないのに会いにくるとは奇妙な猫だなと戦士は深く拝むのだった。とても悲しいことでやはり戦士は涙を流しては悲しむのだった。
一方、その頃、リムリアとタズドットでは、まだ両国の間で、正式な宣戦布告が交わされたわけではなかった。
しかし、ミケ・フリードル将軍は、既に事態を後戻りできない場所へと押し進めていた。
彼は、タズドットに対し、一週間という冷酷な猶予を与えた上で、一方的な最後通牒を突きつけた。
その文言は、傲慢さと短絡的な暴力を凝縮したものだ。
「俺様に従え、タズドットよ。従わなければ戦争だ」
タズドット本国、王宮の一室。
宰相ヨン・ビュールマンは、届いた書状を机に広げたまま、沈黙を保っていた。
彼の細い指が、静かにメガネのブリッジをクイッと押し上げる。その仕草は、極度の緊張の中で思考を研ぎ澄まそうとする癖だった。
(暴将ミケ。その意図は純粋な支配欲か、あるいは自らの大将軍としての挫折の復讐か……)
ヨン宰相は自問する。
この無法者の要求に屈することは、タズドットの国体を揺るがす恥辱である。
だが、彼の知力は、ミケの狂気に満ちた軍事力も同時に理解していた。
「さてはて、どうするかな……」
彼の静かな独り言は、重苦しい空気に吸い込まれて消えた。
そして、ヨン・ビュールマン宰相からの返答がないまま、一週間の猶予期間は無情にも終わりを告げた。
法廷の鉄槌が下されるように、静かに、しかし決定的に、リムリアの反乱勢力とタズドットの間は戦争状態に突入した。
宣戦布告の鬨の声はなかった。だが、その瞬間から、リムリア全土に、戦乱の狂気が渦巻く時代の幕が切って落とされたのだ。
法的に戦争状態に入ったとはいえ、リムリアとタズドット以外の国々は、この事態をまだ知る由もなかった。
戦場の火蓋は、世界の裏側で、静かに、そして苛烈に切られようとしていた。
ミケ・フリードル将軍は、バツネの野営地から、配下となったばかりのレイ将軍を送り出す決断を下した。
レイは、ミケの野望の尖兵となる。
夜闇に包まれた作戦テントの中。
中央軍の指揮を任されたジギフリット副将軍が、地図を見下ろしながら、不安を隠せない声を上げた。
「俺たちは戦争に勝てるんだろうか。何せ相手はあの大国タズドットだ。我々の数は……」
勝利に命を懸ける覚悟はあるが、相手のスケールはあまりに大きすぎた。
対するレイ将軍は、闇夜にその目を爛々と輝かせていた。
彼の表情には、不安の影どころか、抑えきれない興奮が滲んでいる。
「勝てますよ、ジギフリット。何を弱気になっているんですか」
レイは声を潜めたが、その言葉には確固たる響きがあった。
「それもそうだな」ジギフリットは、レイの圧倒的な自信に引きずられるように頷いた。
「まあ、俺たち強いし、なんとかなるだろ。仲間だって精鋭揃いだしな」
レイは鼻で笑った。
それはジギフリットの言葉を皮肉る笑いではない。自らの力の優位と、この戦争がもたらすであろう快楽に対する、純粋な喜びの笑いだった。
「全くもってあなたの楽観視には敵いませんよ、ジギフリット」
しかし、その皮肉の裏側には、レイ自身の傲慢なまでの確信があった。レイにとって、平和なリムリアの生活は退屈でしかなかった。
この狂気の戦争こそ、彼の武力と暴力を解放する最高の舞台だったのだ。
彼はテントの外の夜空を見上げた。
戦乱の狂気が渦巻く時代が、今、彼の出撃と共に本格的に幕を切って落とされようとしていた。
沈黙の間に、法は死に、戦争が生まれた、暴将ミケの宣戦に、狂気の刃レイが呼応する。




