幕間 ミケ将軍と三地方官の戦い
(老人が座り込んでいるのは、あの激戦地から少し離れた、見晴らしの良い岩陰。疲労困憊でうつらうつらしている老人に、颯爽とした旅人が声をかける。)
「おい爺さん、ここで寝ぼけていたら死んじまうぜ」
旅人は、背中の大きな荷を地面に置き、水を差し出した。老人は、カサカサに乾いた喉に水を流し込み、大きく咳き込んだ。
「ごほっ、ごほっ……ありがとよ、旅のお方。わしはここで、ミケ軍と三地方官の争いを見ていたんじゃ」
旅人は目を丸くした。
「そうか、すごいもんだっただろ、どんなだったか教えてくれよ。俺は戦が終わる前に、反対側を通っちまってな」
老人はかすれた声で話し始めた。彼の目に映った光景は、戦いの恐ろしさと、ミケ将軍の計略の深さを物語っていた。
乾燥した大地に、熱を帯びた風が吹き抜ける。この風が運ぶのは、砂塵と、そして死の予感だけだった。
小高い丘の上で、ミケ将軍は静かに眼下の敵影を見つめていた。
その軍勢は、わずか六千。
長旅と幾多の小競り合いで疲弊の色を隠せない、選抜された兵たちであったが、彼らの瞳には将軍への絶対的な信頼と、退くことのできない覚悟が宿っている。
「六千か……」
将軍は短く呟いた。その声には、驚きも、焦燥もない。ただ、鋼のような決意だけが滲んでいた。彼の隣に立つ老練な副官が、唾を飲み込む音がやけに大きく響く。
「将軍。ご覧の通り、彼らは……」
眼下には、まるで黒い波が寄せてくるかのように、無数の旗と槍が並んでいた。三つの異なる紋章を掲げた軍勢。
三地方官が、威信をかけて結集させた一万八千の兵力であった。
その圧倒的な数――寡兵の三倍。
「数で劣っているのは、百も承知だ」
ミケ将軍は、冷たい笑みを浮かべた。
「だが、あの烏合の衆には魂がない。己の領地を守りたい、ただそれだけの私欲で集まった者たちだ。我々の六千には、この戦いに勝たねばならぬ大義がある」
三地方官の一人は、前線から少し離れた幕舎の中で、余裕綽々といった様子で杯を傾けていた。
「ミケめも、所詮は血気盛んな若造よ。この圧倒的な数の前で、いかに武勇に優れようと、ただの蟻に過ぎぬ」
しかし、その声には微かな怯えも混じっていた。ミケ将軍の用兵術は、常に予測不能で大胆不敵。
地方官たちは、数の優位というただ一つの根拠だけを頼りに、その影に怯えているのだ。
夜明けが近い。
ミケ将軍は、腰の剣に手をかけた。
「副官。伝令を出せ。我々の第六隊は、夜明けと同時に、あの三色の本陣の継ぎ目を突き破る。全軍に告げよ――」
砂塵は、やがて兵士たちの熱気と、戦いの前の静寂を混ぜ合わせた、重い空気に変わる。
「我々の剣は、数ではなく、勝利のためにある、と」
夜が、終わろうとしていた。六千の寡兵と、一万八千の大軍。
歴史を揺るがす戦いの幕が、今、まさに切って落とされようとしていた。
数か、大義か――。歴史を変える寡兵の夜明けが、今始まる。




