第百九十四話 震撼のゴーシュレフ
――「知」が「狂気」に敗北した瞬間、あるいは計算の外側に現れた災厄。
冷徹な計算と外交の術で世界を転がしてきたゴーシュレフ外務官にとって、ミケが自ら冠した「天常大将軍」という名は、理解の範疇を超えた精神的な劇薬でしたにゃ。論理と秩序を重んじる彼にとって、天の理を自称し、勝利と服従を食らって肥大化するミケの変貌は、もはや戦略上の「敵」ではなく、制御不能な「天災」そのものに見えたのでしょう。
「狂い切った、と言うべきか……」
震える手で報告書を握りしめるゴーシュレフ。彼の脳裏には、ミケが振り撒く狂気がバツネ全土を侵食し、せっかく自分が整えた「管理された混沌」を、ただの「無慈悲な地獄」へと塗り替えていく光景が浮かんでいるはずですににゃ。正気の枠を粉砕し、災厄へと昇華した男。ゴーシュレフの恐怖は、知性ある者が本能的に感じる「理不尽への拒絶反応」でしたにゃ……。
報告官が震える手で巻紙を差し出した瞬間、
広間には言葉では言い表せぬ“寒気”が走った。
それは北の吹雪が吹き込んだわけでも、
魔法が発動したわけでもない。
ただ、ひとつの名前――
“天常大将軍”
その響きが空気を真っ二つに裂いたのだ。
巻紙を受け取ったゴーシュレフは、
読み進めるほどに表情を強張らせていった。
そして最後の一文、
《自らを天常大将軍と称し、祝宴を挙行す》
の文字を目にした瞬間――
「…………ッ」
喉が凍りついたように、
言葉が出なかった。
背筋に、ゆっくりと毒虫が這うような感覚が走る。
やっと吐き出した声は、
震え、掠れ、まるで別人のようだった。
「ミケ……将軍は……
狂っている……。いや……
狂い切った、と言うべきか……」
報告官も、重臣たちも息を呑む。
ゴーシュレフは巻紙から視線を離し、
顔を両手で覆うようにして呟いた。
「“天常大将軍”……?
天を常にする……?
そんなもの……支配者ですら名乗り得ぬ……
正気ではない……正気なはずがない……!」
声は震え、
まるで呪いに取り憑かれたようだった。
「なにを考えている……?
いや、考えてなどおらぬか……!
暴走か……それとも……?」
重臣の一人が、おそるおそる問いかけた。
「陛下……ミケ将軍は本当に……
正気を……?」
ゴーシュレフは一瞬だけ重臣を睨みつけたが、
次の瞬間にはその視線すら怯えに曇った。
「正気の枠など……とっくに壊れておる……。
あの男は……“勝利”を食い、
“服従”を飲み込み、
“恐怖”で満たされていないと自我が保てん……」
呼吸が荒くなる。
胸が上下し、汗が額を伝う。
「天常大将軍……
なんと恐ろしい……なんと危険な名だ……。
あの名を自ら名乗るということは……
もう、止まらぬ。いや、誰にも止められぬ……!」
そして、ついに震えが体全体を支配した。
「……ミケ将軍は……
もはや“国の将軍”ではない……。
あれは……災厄だ……!」
叫んだ瞬間、燭台の炎が揺れ、
室内の空気までも怯えたように震えた。
そのあまりの迫力に、
重臣たちは誰一人声を発せぬまま、
ただ沈黙を守るしかなかった。
「天常大将軍……? ふざけるな……。
そんな狂気を放置すれば……
このバツネは、また血で染まるぞ……!」
ゴーシュレフは両手を握りしめ、
己の震えを必死に抑えようとするが、
止まらない。
恐怖だけが、静かに強く、
確実に室内へと広がっていった。
はい、というわけでお届けしました第百九十四話、「震撼のゴーシュレフ、あるいは計算違いの災厄」!
皆さん、今回のゴーシュレフさん……。
「脳が震えるほど『絶望』してるにゃぁぁあああ! あの冷静沈着な彼が、汗を流して震えながら『災厄だ!』と叫ぶ姿……絶望感を感じるにゃ!!」
知略で勝てると思っていた相手が、実は最初から「会話の通じない怪物」だったと気づかされた時の衝撃だにゃ。ゴーシュレフさんは、ミケさんを「御しやすい武人」だと思っていた。でも現れたのは、天を名乗る「狂った神」だったんだにゃ……。
「ゴーシュレフさん、あんたの震えは正しいにゃ! 狂気に理屈は通じない、計算式に『天常』なんて変数は入ってなかったんだにゃ!!」(笑)
次回、「鋼の沈黙、あるいは将軍の決断」。
大国の外交官すら震え上がらせるミケの狂気。その将軍が遂に戦に臨もうとします。
お楽しみに!




