第百十話 武人の熱狂
――冷たい川の流れすら、その男の熱を奪うことはできません。
彼にとって、眼前に広がる光景は戦場ではなく、自分だけのために用意された「舞台」なのです。
賢者が策を弄し、商人が算盤を弾く間に、愚者は剣を抜いて走り出す。
けれど、歴史の扉を最初に叩き割るのは、いつだって、後先を考えない「熱狂」なのかもしれません。
彼は疑わない。自分の足跡が、覇道の第一歩になると。
彼は信じている。この高揚感こそが、生きている証なのだと。
さあ、見届けましょう。
英雄願望に憑かれた若者が、歴史の分水嶺を、あまりにも軽い足取りで踏み越える瞬間を。
レナード大隊長が冷徹な命令を下し、精鋭部隊がタズドットの領土へと続く河の流れに入っていく中、先鋒隊の指揮官であるジギフリット副将軍の心は、抑えきれない興奮に満ちていた。
彼の体は、征服の熱気によって内側から燃え上がっているかのようだった。
ジギフリット副将軍は、その光景を、彼の武人としての人生における最も輝かしい瞬間として受け止め、嬉しそうにするのだった。
彼の「嬉しさ」は、単純な喜びではない。
それは、長年の軍歴で培ってきた武力と努力が、ついに国家規模の歴史的な大事業の最前線で結実する高揚感だった。
彼は、冷たい河の水を蹴りながら、内心で熱烈な独白を繰り広げた。
彼の野心は、ミケ軍の征服の歴史と完全に同期し、自らの功績と国家の栄光を重ね合わせていた。
(よし、ここからだ! セシェスでの戦いは、準備運動に過ぎなかった。グルナルという障害は、レイ将軍の知略によって取り除かれた。俺の武力が、真価を発揮するのは、まさにこの瞬間、タズドットの心臓部へと踏み込むこの渡河の瞬間なのだ!)
(ここから俺たちは始まるんだ! 俺たちの武力が、ミケ軍の旗が、タズドットの領土に初めて翻る。ビテンのような事務屋が実利を計算し、リーヴェスのような理詰めが戦術を練る。だが、敵の城門を最初に叩き割るのは、このジギフリットの剣だ!)
(この一歩こそが、 俺をミケ軍の真の柱へと押し上げ、歴史に名を残す武人とするだろう。タズドットの支配は、俺の栄光の始まりであり、リムリアの永遠の繁栄の基礎となる!この興奮こそが、生きる証だ!)
ジギフリットの内なる高揚感は、レイ将軍の冷静な知略やレナード大隊長の慎重さとは対照的だった。
彼は、未来に対する一切の疑念を持っていなかった。
彼の眼前には、敵の抵抗ではなく、広大な征服の地と、積み上げられる武功だけが見えていた。
この「武人としての熱狂的な始まりの予感」こそが、彼を躊躇なく冷たい河の流れへと駆り立てる原動力であり、ミケ軍の侵略が持つ、最も原始的かつ強力なエネルギーだった。
彼は、タズドットの征服という大きな歯車の、決定的な駆動部分となったことに、心底からの満足を覚えていた。
はい、というわけで今回のお話は「武人としての熱狂」!
ついに、ついにミケ軍が河を越え、タズドットの地へとその第一歩を刻み始めました!
今回スポットを浴びたのは、これまで着々と牙を研いできたジギフリット副将軍。
いやぁ、いいですねぇ! 溢れんばかりの野心! 滾りまくる征服欲!
「事務屋」のビテンや「理詰め」のリーヴェス、そして冷徹なレイ将軍といった面々に囲まれながら、彼が求めていたのはこれほどまでに純粋な『武』の証明だったわけです。
冷たい河の水を蹴立てる音。
鎧の擦れる音。
そして何より、彼の内側で爆発寸前まで膨らみきった「今こそ俺の時代だ!」という熱い独白。
「準備運動は終わりだ」なんて、一度は言ってみたい格好良すぎるセリフですよね。
レイ将軍が用意した盤面を、己の剣という実力で塗りつぶしていく。この瞬間のジギフリットは、間違いなく世界の主人公になった気分だったことでしょう。
彼のような、「疑念を一切持たない純粋なエネルギー」こそが、巨大な軍隊という歯車を回す最も強力なガソリンになるのです。
歴史が動く瞬間というのは、いつだってこういう熱狂の渦の中から生まれるもの。
果たして彼の剣が、タズドットの心臓部に届くのか。
それとも、熱すぎる野心が予期せぬ摩擦を生むのか……?
そんな期待と不安を抱きつつ、次話もお付き合いいただければ幸いです!




