第百九話 冷河踏破
――戦場において、雄弁さは時に弱さの証明となります。
不安を掻き消すための怒号、己を鼓舞するための演説。
それらは全て、死神に見つかるための合図に過ぎません。
本当に恐ろしいのは、静寂です。
呼吸をするように剣を握り、まばたきをするように殺意を固める者たち。
「ついて来い」。
たったそれだけの音色が、何万の言葉よりも重く響く時。
交わされる短い返答は、誓いなどという生温いものではなく、確実な「死の執行」への合意契約。
さあ、水面を割りましょう。
激情なきプロフェッショナルたちが踏み出す一歩は、歴史の背骨を冷たく、そして確実にへし折るのですから。
ジギフリット副将軍の軽口を厳しくたしなめた直後、レナード大隊長は、渡河作戦という最も危険な作戦に臨むための最終的な集中に入った。
彼の部隊は、ミケ軍の中でも選りすぐりの精鋭であり、レイ将軍の知略を武力で具現化する中核だった。
レナード大隊長は周囲にいた、ハンスイェルク・へーゲン隊長、リボーリウス・フェスカ隊長、ゼバスチャン・ホンブルク隊長、イーザック・ラトギプ隊長に命令するのだった。
これらの隊長たちは、数々の戦場を共に潜り抜けてきた、信頼の置ける腹心たちだった。
彼らの顔には、ジギフリット副将軍のような熱狂はないが、冷たいプロフェッショナルな決意が宿っていた。
彼らは、タズドット側の防御が崩壊していることを知っていながらも、最悪の事態に備え、武器をしっかりと握りしめていた。
レナード大隊長は、河川を渡り、タズドットの領土へと踏み込むという歴史的な一歩を前に、長々とした訓示や無駄な感情を排した、簡潔かつ絶対的な命令を下した。
彼の声は、水の流れる音にも負けない、重く、響き渡る声だった。
「よし、河を渡るぞ、ついて来い。」
この命令には、「躊躇は許されない」「目標は敵領土の確保のみ」という、ミケ軍の冷酷な規律と、迅速な作戦遂行への強い意志が込められていた。
「ついて来い」という言葉は、指揮官としての絶対的な信頼と責任の表明だった。
それに対して、皆は簡単に答えて、ついていくのだった。
四人の精鋭隊長たちの応答は、一瞬の躊躇もなく、完全に一致していた。
ハンスイェルク・へーゲン隊長は 「応!」 と言った、彼は、魔術師団の護衛という、繊細かつ重要な役割を理解しており、即座に部隊の配置を調整した。
リボーリウス・フェスカ隊長は「了解!」 と叫んだ、彼は、渡河時の部隊の安全と、足場の確保という技術的な課題に集中し、命令の実行に邁進した。
ゼバスチャン・ホンブルク隊長は「承知!」 と言うのだった、彼は、先鋒隊の側面を固め、タズドットの奇襲という僅かな可能性に備えた。
イーザック・ラトギプ隊長は「進みます!」 というのだった。彼は、ジギフリットの熱狂とは異なり、冷静な実行者として、何の疑問も挟まずに、前進の態勢に入った。
彼らの「簡単」な応答は、ミケ軍が達成した規律の極致を物語っていた。
彼らは、レイ将軍の知略とレナード大隊長の命令に絶対的な信頼を置いており、己の命を懸けることへの感情的な葛藤を、既に克服していた。
渡河部隊は、レナード大隊長の下知のもと、一糸乱れぬ隊列を保ちながら、タズドットの領土へと続く冷たい河の流れへと、力強く足を踏み入れていくのだった。
この規律正しい一歩こそが、タズドットの運命を決定づける、ミケ軍の冷徹な侵略の開始を意味していた。
はい、というわけで!
皆さん、今回のレナード隊……渋すぎませんか!?
「よし、河を渡るぞ、ついて来い」。
以上! 解散!
これですよ、これ。死線を超えるのに、演説も鼓舞もいらない。ただ背中を見せて、一言あればいい。
これぞ指揮官! これぞ男の背中!
そしてそれに呼応する四人の隊長たち。
ハンスイェルク、リボーリウス、ゼバスチャン、イーザック。
名前は長くて覚えにくいですが(笑)、彼らの返事は「応!」「了解!」「承知!」「進みます!」と極めてシンプル。
無駄な言葉を削ぎ落とした彼らは、まるで精密機械のパーツのようにカチリと噛み合っています。
ジギフリット君が「感情」で動くエンジンだとしたら、レナード隊はそれを支える強靭な「シャーシ(車体)」ですね。
彼らがいる限り、ミケ軍は揺らがない。
タズドット側からすれば、雄叫びを上げて突っ込んでくる敵よりも、無言で淡々と距離を詰めてくる彼らの方が、よっぽど不気味で恐ろしいんじゃないでしょうか。
さあ、静かなる殺意の集団が河に入りました。
次回、その「静」とは対照的な「動」の男、ジギフリット君の頭の中を覗いてみましょう!
それでは、続きまして次話。
「夢見る若将軍、あるいは死亡フラグの重ね塗り」へ、物語を進めましょうか!




