第百七話 成人の日
国民の祝日。成年(満二○歳)に達した男女を祝いはげます日。
成人の日。
それは、二十歳になった人間が祝われる日――らしい。
らしい、というのは、
おいら自身がその日を迎える実感を、まだ欠片ほども持てていないからだ。
祝われるまでには、あと十四年。
十四年という数字は、今のおいらにとっては遠すぎて、
まるで物語の最後のページみたいに感じられた。
(その時、おいらはどんな気持ちになるんだろう)
嬉しいのか。
誇らしいのか。
それとも、ただ疲れているだけなのか。
空を見上げながら、そんなことを考える。
雲は何も知らない顔で流れ、
世界は今日も、何事もなかったかのように続いている。
「ねえ、今から十四年後って、何があるんだろうね」
何気なく口にすると、
シャヒンが肩をすくめた。
「さあ?
でもさ、お化けが一匹残らず駆逐されてるかもしれないよ」
冗談めいた口調。
それを聞いたタイランが、目を丸くする。
「えええ、それは大変なことだね」
二人で顔を見合わせて、笑った。
くだらない。
本当に、どうでもいい話だ。
でも――
そのどうでもなさが、心地よかった。
(十四年後には……)
きっと、お化けなんて信じなくなっている。
暗い道で足を早めることも、
物音に心臓を跳ねさせることもなくなって、
「ああいうのは子供の頃だけだ」なんて、簡単に言えるようになる。
それが、大人になるってことなんだろう。
「……バルラスを倒す存在なんて、いるのかな」
ふいに、タイランがそんなことを言った。
さっきまでの軽い空気が、ほんの少しだけ揺らぐ。
「先生方が、そのうち駆除するだろ」
シャヒンは迷いなく答える。
疑う理由なんて、最初から存在しないみたいに。
「そっか……
バルラスも、負けるんだね」
「そりゃそうだろ。
負けない悪なんて、あるわけないじゃん」
その言葉を聞いて、
おいらは小さくうなずいた。
(……そうだよな)
今は、それで十分だった。
悪は倒される。
強い人たちが守ってくれる。
世界は、ちゃんと正しい方向に進んでいる。
そう信じられることが、
何よりも大切な年頃だった。
でも――
なぜか胸の奥に、言葉にならない違和感が残る。
もし、十四年後。
もし、その時になっても、
バルラスがまだ生きていたら?
もし、先生方がいなくなっていたら?
もし、「そのうち」が、永遠に来なかったら?
(……考えすぎだな)
おいらは首を振る。
そんなことを考えるのは、まだ早すぎる。
今はただ、
シャヒンと一緒に歩いて、
くだらない話をして、笑っていればいい。
夕暮れの道に、二人分の影が伸びていく。
その影はまだ短く、軽く、
簡単に踏み越えられるものだった。
この時間が、
いつか取り戻せなくなるなんて、
その時のおいら達は知らない。
ただ一つだけ――
確かに言えることがある。
この日の会話は、
十四年後の世界で、
おいらの心のどこかに、きっと残り続ける。
あの時は、
未来を疑う必要なんて、なかった。
それが幸せだったのか、
それとも――
ただの猶予だったのか。
答えは、まだ先だ。




