第百六話 その河を越えた日から
――勝者にとって、敗者の不在は「哀れみ」の対象ではありません。
それは単なる「空席」であり、そこを自分たちの欲望で埋め尽くすための、絶好の好機に過ぎないのです。
地図を広げ、指先で線をなぞる。
その一本の河を超えた先にあるのは、血湧き肉躍る戦場か、底なしの富か、それとも完璧な計算式の証明か。
三つの異なる渇望が、一つの冷徹な意志の下で重なり合います。
「武力」「実利」「戦術」。
この三本の矢が同時に放たれた時、タズドットという国の形は、永遠に書き換えられてしまうのでしょう。
さあ、始めましょう。
彼らにとって、これは戦争ではありません。あまりにも一方的で、あまりにも事務的な「収穫祭」の始まりなのですから。
セシェス戦線での決定的な勝利と、敵指揮官グルナル副将軍の処刑という報せは、ミケ軍の士気を最高潮に引き上げていた。
レイ将軍は、この好機を逃さず、タズドット本国への侵略という歴史的な任務を断行すべく、三人の副将軍達を招集した。
会議室には、地図、魔術的な測定器、そして冷徹な野心が満ちていた。
レイ将軍は、彼の戦略の最も重要な実行部隊である三人の副将軍達を呼び出して、今回の任務を伝えるのだった。
レイ将軍は、テーブルの上に広げられた地図の国境線を示す河川を、鋭い指先でなぞった。彼の口調は、一切の感傷を排した、冷たい宣告だった。
「諸君。グルナルという愚かな抵抗者が、自ら戦線を放棄した。これにより、我々は最小の犠牲で、最大の利益を得る機会を得た。ミケ将軍からの命令は明確だ。」
「今回、我々は河を渡り、敵の領土を占領します。 これは、単なる前線基地の構築ではない。タズドットの心臓部へと深く侵入し、行政的な支配の足場を固める。いいですね。 抵抗は微々たるものだが、油断は最大の敵である。」
レイ将軍は、勝利の確信を漂わせつつ、彼らが征服者として行動すべきことを明確に示した。
レイ将軍の命令に対し、ジギフリット、ビテン、リーヴェスの三人の副将軍は、それぞれが持つ野望と役割に応じて、タズドット征服という共通の目標への強い意志を表明した。
彼らの異なる動機こそが、ミケ軍の強靭な実行力の源だった。
ジギフリット副将軍は、肉体的な戦闘と名誉ある武功に飢えていた。彼は、タズドットの地に最初に踏み込むという象徴的な栄誉に、熱狂的な喜びを覚えた。
「よっしゃー、わかったぜ将軍!」 ジギフリットは、その場で拳を握りしめ、まるで雄叫びのような元気よさで答えるのだった。
「敵の領土だ!俺たちの武力が、タズドットの脆弱さを世界に知らしめてやる!抵抗があるなら、俺が真っ先に叩き潰します!」
彼の声は、征服の熱気を会議室に充満させた。
ビテン副将軍は、感情的な武功よりも経済的な利益に集中していた。彼は、タズドットという豊かな資源の宝庫が、ついにリムリアの財政に組み込まれる瞬間に、冷徹な興奮を覚えた。
ビテン副将軍も、遂にこの時が来たのかと、その細い目の中に鋭い光を宿し、気合を入れるのだった。
「レイ将軍。私の任務は、占領後の資源の迅速な押収と、行政機構の安定です。タズドットの金貨、穀物、そして奴隷を、ミケ軍の次の作戦のための血液とします。この遠征は、リムリアの国富を何倍にもするでしょう!」
彼の気合は、征服による現実的な利益を確実に手中に収めるという、事務的な貪欲さに裏打ちされていた。
リーヴェス副将軍は、感情的な表現を抑え、作戦の遂行に意識を集中させていた。彼は、レイ将軍の策が完璧な結果をもたらすことに、プロフェッショナルとしての満足感を抱いていた。
リーヴェス副将軍も、やる気に満ち溢れて堂々とした佇まいのまま、簡潔な返事をするのだった。 彼の立ち姿は、揺るぎない確信と実行力を示していた。
「わかった、やろう。 渡河作戦は、最も危険な瞬間です。警戒態勢の強化、魔術師団の配置、後方支援の準備を即座に完了させます。レイ将軍の策を、寸分の狂いもなく実行に移す。」
彼の言葉は、確実な勝利を支える冷静な技術の存在を証明していた。
三人の副将軍達は、武功、実利、戦術という、ミケ軍の征服に必要な三つの要素を、完璧に補完し合う関係を築いていた。彼らの揺るぎない結束を前に、レイ将軍は深く頷いた。
彼らの心には、タズドットの命運やグルナルの悲劇に対する感傷は微塵もない。あるのは、ミケ将軍の野望を叶え、己の地位を確立するという、冷徹な合理性と征服欲だけだった。
この瞬間、タズドットの河を越えるという、歴史的な侵攻作戦が、レイ将軍の指揮のもと、正式に発動されたのである。
はい、というわけで!
皆さん、今回のミケ軍……キャラが濃いですね!
レイ将軍の下に集まった三人の副将軍。
「武力のジギフリット」、「実利のビテン」、「戦術のリーヴェス」。
これ、RPGならラスボスの手前で立ちはだかる「四天王」のノリですよ!(三人ですが!)
特に素晴らしいのは、彼らの動機がバラバラなのに、目的(タズドットを喰らい尽くす)においては完璧に噛み合っているところ。
ジギフリット君は「暴れたいだけ」。
ビテン君は「金と奴隷が欲しいだけ」。
リーヴェス君は「完璧な仕事をしたいだけ」。
普通、欲深い人間が集まると内輪揉めしそうなものですが、レイ将軍という絶対的なカリスマがいるおかげで、彼らは「最強の侵略マシーン」として機能しています。
グルナル君の悲劇的な死など、彼らにとっては「ラッキー! 抵抗減ったじゃん!」程度の認識。
この他人の不幸を蜜の味とする清々しさ、作者としては嫌いじゃありません! いや、むしろ大好きです!
地図を囲んで悪い顔をしている男たち。
彼らの指先一つで、対岸の国が火の海になる。
その残酷な決定が、こんな事務的な会議で決まってしまうのが、戦争の恐ろしいところですね。
それでは、続きまして次話。
「はしゃぐ猛獣と、手綱を握る飼育員」へ、物語を進めましょうか!




