第百四話 逃げる者、裁く者
――「生きたい」と願うことは、罪でしょうか。
いいえ、それは生物として当然の権利です。
けれど、その願いのために「守るべきもの」をすべて置き去りにした時、世界は冷酷な請求書を突きつけます。
故郷への逃避行。
それは、安息への道ではなく、断頭台への近道でした。
ヨン宰相が描いた「救国の設計図」は、たった一人の「恐怖」によって破り捨てられました。
外交官の冷徹な計算も、人の心の脆さまでは計算できなかったのです。
「逃げすぎ厳禁」。
あまりにも滑稽で、あまりにも致命的な罪状。
さあ、ご覧ください。
敵の炎から必死に逃げ延びた若者が、一番信頼していた主の手によって、その命を刈り取られる瞬間を。
これは、合理性と感情の狭間で押し潰された、哀れな道化の終幕です。
グルナル副将軍が「故郷までの逃走」という、戦線完全放棄の無責任な行動に出たという報告は、タズドットの首都にいるヨン宰相にとって、戦略的にも、精神的にも、致命的な一撃となった。
一方のヨン宰相はこの事態に悔しがり、悲しむのだった。
彼の「持久戦による外交的解決」という、国家の存続を賭けた冷徹な戦略は、一人の武人の個人的な恐怖と判断によって、無残にも破綻したのである。
戦略的破綻である、グルナルが戦線を放棄したことで、ミケ軍は一切の障害なく、制地権の掌握と資源の略奪を進めることが可能となった。「時間を稼ぎ、同盟を介入させる」という根幹の設計図が、完全に崩壊した。
個人的な悔恨とてあった、ヨン宰相は、グルナルに「誇りを捨てろ」と命じたのは自分自身であり、その重圧が彼を極端な逃亡へと駆り立てたことを理解していた。彼は、グルナルの純粋な忠誠心を利用し、非情な任務を負わせたことへの、深い罪の意識に苛まれた。
ヨン宰相は、己の外交官としての冷徹さが、武人の感情という、最も予測不能な要素を見誤ったことに対し、痛恨の念を抱いた。
彼は、国家の危機と部下を犠牲にした悲哀に、深い沈黙の中で苦しんだ。
しかし、ヨン宰相には、個人的な悲哀に浸る時間はなかった。グルナルの「故郷への逃亡」は、軍全体の士気と、国家の命令系統に対し、深刻な悪影響を与える背信行為だった。
この行為を見過ごすことは、タズドット軍全体の瓦解を意味した。
彼は、苦渋の表情を浮かべながら、非情な決断を下した。
「故郷まで逃走した愚か者は処刑しましょう。」
この言葉は、グルナルという一人の個人への罰である以上に、「軍規の厳正な維持」と「ヨン宰相の戦略に従わない者への見せしめ」という、政治的な意味合いが強かった。
今、タズドットに残された最も重要な資源は、兵士たちの「命令に従う意志」であり、それを守るためには、最も有望な若手指揮官であっても、犠牲にせざるを得なかった。
グルナル副将軍が処刑された理由は、ヨン宰相の軍事戦略において最も重い違反だった。
逃げ過ぎ厳禁、および周辺防御の任務を果たせなかったことにより、グルナル副将軍は処刑されてしまうのだった。
逃げ過ぎ厳禁(戦略的違反)であり、ヨン宰相の命令は「周辺防御と戦力の温存」であり、「故郷までの逃亡」は、戦略的に許可された範囲を逸脱した、極端かつ無責任な行動だった。
これにより、外交交渉のための時間稼ぎが不可能になった。
周辺防御の任務不履行(軍規違反)であり、グルナルの任務は、防御陣を構築し、敵の進撃を遅滞させることだったが、彼は戦闘開始直後に戦線を放棄した。
これは、命令に対する完全な背信行為であり、軍規の最高刑に値した。
グルナル・ノイマン副将軍は、ヨン宰相の「国家存続」という大義のために誇りを投げ出し、そして最終的には、その大義を自己の保身のために歪曲したという、二重の悲劇を背負い、若き命を散らすこととなった。
彼の悲劇的な末路は、レイ将軍の冷徹な知略とヨン宰相の非情な政治判断という、両軍の「合理性」の犠牲となった、タズドットの武人哲学の最終的な敗北を象徴していたのである。
はい、というわけで!
皆さん、グルナル君……逝ってしまいましたね!
「死ぬことこそ恥」。
そう叫んで実家(故郷)へダッシュした彼ですが、たどり着いたゴールテープは、残念ながら実家の玄関ではなく、ヨン宰相が用意した「断頭台」でした。
今回の教訓は、ズバリ「逃げすぎ厳禁」!
戦術的な撤退(ちょっと逃げる)ならセーフだったのに、職場放棄して帰宅(ガチ逃げ)しちゃったのが運の尽き。
ヨン宰相としても、泣いて馬謖を斬る……いや、泣いてグルナルを斬るしかなかったわけです。
「誇りを捨てろ」と命じた上司が、誇りを捨てすぎて暴走した部下を処刑する。
この、誰一人として幸せにならない負の連鎖! 最高に「異世界の戦争」って感じがして、胃がキリキリしますね!
ヨン宰相の冷徹な仮面の下にある、「私のせいで……」という罪悪感。それが今後、彼の判断を鈍らせるのか、それともさらに非情にさせるのか。
グルナル君、君の無様な逃走劇は、タズドット崩壊の引き金として、歴史に(悪い意味で)しっかり刻まれましたよ!
それでは、続きまして次話。
「愚か者が消え、魔王が笑う」へ、物語を進めましょうか!




