第百二話 燃え残った哲学
――「死」という絶対的な終焉を前にして、人は二つの道を選びます。
一つは、己の信念と心中する、美しくも愚かな「玉砕」。
もう一つは、泥水を啜ってでも明日へしがみつく、醜くも賢明な「生存」。
目の前に広がるのは、炎と悲鳴の地獄絵図。
ヨン宰相との高潔な誓いは、レイ将軍が放つ圧倒的な暴力の前で、燃えカスのように崩れ去りました。
そこで男は、悟ります。
「英雄として死ぬ」ことの無意味さを。
「臆病者として生きる」ことの重みを。
彼は叫びます。それは号令か、それとも自分自身を騙すための詭弁か。
「逃げることは恥ではない。死ぬことこそが恥なのだ」
これは、誇りを捨てた男が最後に手にした、あまりにも人間臭く、そしてあまりにも惨めな「生存哲学」。
さあ、ご覧いただきましょう。
背中を見せて駆け出す将軍と、その背中に焼き付けられた、一生消えない屈辱の烙印を。
グルナル・ノイマン副将軍は、ヨン宰相との誓いのために、武人としての誇りを捨て、「防御と戦力温存」という屈辱的な任務を受け入れた。
しかし、その苦渋の決断と温存しようとした戦力は、レイ将軍の灼熱の魔法によって、無残にも一瞬で灰燼に帰す様を目の当たりにした。
そして、グルナル副将軍は一方的にやられていく味方に絶望するのだった。
彼の視野を埋め尽くしたのは、地獄絵図だった。
炎上する兵士たちは、助けを求める悲鳴を上げながら炎に包まれ、防御陣は既に機能不全に陥っていた。
それを見ますは、冷徹なミケ軍、レイ将軍の部隊は、一切の感情を見せず、まるで的を射る訓練のように、次々と魔術の炎を投下し続けた。
グルナルは、自己の無力さと、レイ将軍の非情な合理性の前に、完全に打ちのめされた。
彼は、ヨン宰相の「持久戦」戦略が、この絶対的な武力の差の前では、単なる絵空事に過ぎなかったことを悟った。
彼の誇りを投げ出すという自己犠牲は、何の価値も生み出さなかったのだ。
グルナルの心の中で、最後の倫理的な防衛線が崩壊した。「タズドットのため、誇りを捨てる」という大義は、今や「自身の生存」という、最も原始的な本能へと転化していった。
彼は、絶望的な状況の中で、自己を正当化する新たな論理を、悲鳴のような叫びとともに見出した。
「もうだめだ!おしまいだ! このままでは、部隊全員が、ヨン宰相の戦略のための無意味な生贄となるだけだ!」
彼は、武人としての名誉と国家の大義という、全ての上にある、新たな絶対的な原則を叫んだ。
「こうなったら、逃げるのは恥じゃない!死ぬことこそ恥なんだ!」
この言葉は、タズドットの伝統的な武人哲学を完全に否定するものだった。
旧哲学では「名誉を失うこと(逃亡)こそ恥、勇敢な死こそ誉れ」だが、新哲学では 「生きていれば、再起の機会がある。無意味に死ぬことこそ、未来を絶つ最大の恥」と書き換えられたのである。
グルナルは、ヨン宰相の「存続の哲学」を、自己の保身のために歪んだ形で極限まで推し進めたのである。彼は、生き残ることを「恥の回避」とし、無駄死にをすることを「最大の不名誉」とした。
そう叫ぶなり、グルナルは迷いを捨てた。
彼の最後の判断力は、戦力を温存するというヨン宰相の命令を、「部隊ごと全滅を避ける」という極端な形に解釈し直した。
彼は、指揮官としての責任を、「兵士を生かすこと」という保身の論理にすり替えた。
グルナルは、震える声で、しかし迅速に、撤退命令を下した。
「全軍、聞け!戦場を撤退する! これ以上の抵抗は無意味な消耗だ!ヨン宰相の命令を遂行しろ!命を捨てるな!」
そして、彼は、自ら先頭に立って、戦場から逃亡するのだった。
彼の背中には、レイ将軍の魔術の炎と、見殺しにされた味方の断末魔の叫び、そしてヨン宰相との誓いを破ったことへの、消えない屈辱が焼き付いていた。
グルナルの「誇りを投げ出す」という覚悟は、最終的に「命を投げ出さない」という、最も無様な結末を迎えたのである。
はい、というわけで!
皆さん、今回のグルナル君……やっちゃいましたね!
「死ぬことこそ恥」。
いやあ、言ってることは間違ってないんですよ? 命あっての物種、死んで花実は咲かない。
でも、それを敵前逃亡の瞬間に叫ぶというのが、グルナル君のどうしようもなく弱いところであり、最高に人間臭いところです!
今回のポイントは、彼の中で「論理のすり替え」が鮮やかに行われた瞬間です。
1. ヨン宰相の命令:「戦力を温存せよ(=無駄死にするな)」
2. 戦場の現実:「戦ったら全滅する(=火あぶり)」
3. グルナルの解釈:「じゃあ、逃げれば命令達成じゃん!(=俺も助かる)」
この三段論法! 天才的かつ卑怯!
かつてプライドを大事にしていた男が、なりふり構わず「生」にしがみつく。
部下たちに「命を捨てるな!」と叫びながら、誰よりも速く自分が逃げ出す。
その背中は、英雄としては0点ですが、生物としての生存本能は100点満点です!
レイ将軍の容赦ない炎が、彼の古い殻(武人の誇り)を焼き払い、中から出てきたのは「ただの怯えた若者」でした。
この惨めさ、この無様さ。
でも、死んで灰になるよりは、泥水を啜ってでも生き延びた方が、物語としては面白い。そう思いませんか?
さて、そんな彼がどこまで逃げるのか
一方で、圧倒的強者のレイ将軍たちは、クールに片手を挙げて勝利のポーズ。
この温度差で風邪を引きそうです。
それでは、続きまして次話。
「敗走の果てと、勝者たちの祝杯」へ、物語を進めましょうか!




