第九十九話 恐怖が先に勝つ戦場
――その地響きは、敗北者たちの心臓を直接ノックする、死神の足音でした。
「戦わずして負ける」とは、よく言ったものです。
けれど、今、目の前に広がっているのは、そんな生易しい言葉で片付けられる光景ではありません。
それは、魂の凌辱。
圧倒的な暴力と、冷徹な殺意。
レイ将軍が放つ「殲滅」の号令は、物理的な炎よりも先に、タズドット兵たちの生きる意志を焼き尽くしてしまいました。
勝つ気概を奪われ、逃げる退路を塞がれ、ただ「耐えろ」と命じられた羊の群れ。
彼らの前に現れたのは、飢えた狼たちが統率された、銀色の死の壁。
震える足。乾いた喉。
「名誉」なんて言葉が、恐怖の前ではどれほど無力で、どれほど空虚な響きを持つのか。
彼らの悲鳴は、戦いが始まる前から、もう天に届いているのです。
さあ、始めましょうか。
慈悲なき捕食者と、牙を抜かれた獲物による、あまりにも一方的で、あまりにも残酷な殺戮劇の幕開けを。
ヨン宰相とグルナル副将軍の間で「持久戦と名誉の放棄」という苦渋の決断が下された直後、戦場では、レイ将軍の冷徹な指揮のもと、殲滅戦の準備が整っていた。
レイ将軍率いる1500名の精鋭は、知略、魔術、そして武力の全てにおいて、対峙するタズドット軍を圧倒していた。
一方、グルナル副将軍率いる500名のタズドット軍は、名誉ある戦いではなく「防御と戦力の温存」という、武人の魂に反する使命を背負わされていた。戦力比は三対一、そして士気の差は、それ以上に開いていた。
レイ将軍は、戦場を見渡す小高い丘の上で、戦いの主役となるジギフリット副将軍に、明確な攻撃命令を下した。
レイ将軍の瞳には、「撃破」と「掌握」という、二つの目標に対する冷酷な情熱が燃え盛っていた。
レイ将軍は、低く、しかし命令の重みを込めた声で告げた。
「ジギフリット副将軍。いいですか、何としても敵を撃ち倒しますよ。 我々の目的は、この地のタズドットの残存勢力を根絶やしにすることです。持久戦など、敵に与える時間はありません。」
ジギフリット副将軍は、その命令に即座に、熱狂的に応じた。彼は、戦闘そのものに飢えていた。
「わかっているよ、将軍。 俺たちは、お前の作戦を血で固めるためにここにいる。敵の防御が固まる前に、一瞬で叩き潰してやるさ!」
ジギフリットの攻撃への切望は、レイ将軍の殲滅戦略と完全に同期していた。彼は、攻撃の意思を重ねてレイ将軍に確認した。
「突撃ですか、将軍!?いつでも突撃できますよ! 奴らに考える時間など与えてたまるか!」
「頼むぞ、ジギフリット。この戦いの突破口は、貴殿の武力にかかっている。」
「俺に任せてくれ、なんとかしてみせよう。 奴らを殲滅し、この地をミケ軍の新たな支配地にしてやる!」
レイ将軍は、最後の確認として、冷徹なゴーサインを与えた。
「行きますよ。全軍、ジギフリットに続け。」
そして、軍勢は進むのだった。
レイ将軍の命令を受け、ジギフリット副将軍が率いるミケ軍の先鋒部隊は、地の底から湧き上がるような雄叫びを上げ、タズドット軍陣地へと怒涛の進撃を開始した。
1500名の兵士たちが、一糸乱れぬ隊列を保ちながら、大地を蹴り、その鉄の進軍は、戦場全体を振動させた。
彼らの進撃は、勝利の確信と冷酷な残虐性に裏打ちされており、その勢いは、自然の猛威に等しかった。
ミケ軍の旗印が風になびき、タズドットの陣営へと死の影を投げかける。
それに対して敵は、ひどく怯えるのだった。
グルナル副将軍率いるタズドット軍の兵士たちは、ヨン宰相の「持久戦」という非戦闘的な命令と、ミケ軍の圧倒的な武力と勢いという、二重の重圧に晒されていた。
士気は崩壊しており、彼らの心は、既にボントゥス軍の無様な敗北、そしてエディ大隊長の屈辱的な捕虜化の報によって、深く蝕まれていた。
そして、目的もまた喪失していた、彼らの使命は「勝利」ではなく、「戦力の温存」という、武人にとって最も曖昧で不名誉な目標だった。
ミケ軍の地鳴りのような進撃を目の当たりにし、タズドットの兵士たちは、戦闘開始前から戦意を喪失していた。
彼らの目には、勝利の光ではなく、レイ将軍の魔法の炎に焼かれる仲間の幻影が見えていた。
「ミケ軍だ!レイ将軍の軍団だ!」
「逃げろ!彼らは我々を容赦なく焼き尽くすぞ!」
タズドット軍の陣地には、恐怖のざわめきが広がり、グルナル副将軍の「防御」という命令すらも、その絶望的な怯えを抑え込むことはできなかった。
戦いは始まる前から、ミケ軍の精神的な圧勝に終わっていたのである。
はい、というわけで!
皆さん、今回のレイ将軍とジギフリット副将軍の「殺意の高さ」、凄まじかったですね!
「考える時間など与えてたまるか!」って……。タズドット軍の皆さん、まだ心の準備もできてないのに、いきなりフルスロットルの暴力を叩きつけられる恐怖。
今回の見どころは、やっぱり「士気の温度差」です。
• ミケ軍:「ヒャッハー! 殲滅だァ!」とアドレナリン全開の捕食者たち。
• タズドット軍:「逃げたい……」「もう無理……」と戦う前から心が折れている敗北者たち。
そして、その中心にいるグルナル君。
部下たちが「逃げろ!」と叫んでいるのに、自分は「逃げてはいけない(=戦ってもいけない)」という、がんじがらめの状態。
普通ならここで「俺に続け!」と鼓舞するところですが、彼に与えられた役目は「動かない案山子」。
この絶望的な状況下で、次回、グルナル君がついに「最初の命令」を下します。
でも、その命令の内容がまた……あまりにも悲しい。
「守って死ね」
勝利を約束するわけでも、生還を願うわけでもない。ただ「死ぬまで盾になれ」という、呪いのような言葉。
勇気を奪われた将軍が、震える声で部下たちを死地へ縛り付ける。
そんな救いのない防衛戦が、いよいよ始まってしまいます。
それでは、次話。
「及び腰の英雄、あるいは死への行進」でお会いしましょう!




