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GREAT HISTORY〜大史伝〜  作者: アイラル
第三部 ミケ将軍タズドット侵略編

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第九十七話 沈黙の決断

――その掌の温もりは、どんな刃よりも冷たく、鋭く、少年の心を切り裂きました。


 「英雄」なんて、聞こえのいい言葉に騙されてはいけません。


 それは時として、誰かにとって都合のいい「生け贄」に付けられる、残酷な別名に過ぎないのですから。


 目の前に提示されたのは、あまりにも不釣り合いな天秤。


 片方には、若き武人がこれまで積み上げてきた「誇り」の全て。


 もう片方には、見も知らぬ数百万の「民の命」という、拒絶することの許されない重すぎる大義。


 老いた宰相は、優しく微笑みながら、その逃げ場のない檻の鍵を静かに閉ざします。


 「君ならできるよね」――。


 そんな慈愛に満ちた期待という名の呪いが、どんな罵倒よりも深く、グルナル・ノイマンという一人の人間を追い詰めていく。


 「あんまりです」


 その震える唇から漏れた悲鳴は、一体誰に向けられたものだったのでしょうか。


 自分の無力さか。冷徹な世界か。それとも、正しさを武器に自分を壊しに来る、目の前の老人か。


 誇りを捨てて、盾になれ。

 心を殺して、国を救え。

 

 これは、名誉ある死すら奪われた若者が、生きたまま「誇りの死体」へと変わり果てる、魂の処刑記録。

 

 さあ、始めましょうか。


 一人の人間が、その最も尊いものを「正義」という名の祭壇に捧げる、残酷で、あまりにも静かな崩壊の物語を。

 「誇りが守られませぬ」というグルナル・ノイマンの悲痛な叫びに対し、ヨン宰相は、もはや峻烈な理を説くことはしなかった。代わって彼が用いたのは、慈愛の衣をまとった、人生で最も重き「問い」であった。


 宰相は、グルナルの武人としての純潔なる精神を尊びつつ、それを国家という名の重きかせに変えんとしたのである。


 ヨンは静かに歩み寄り、グルナルの肩にそっと掌を置いた。その眼差しは、あたかも若き将の五臓六腑を分かつ苦悶を、すべて自らのこととして受け止めるかのように穏やかであった。


「グルナル君。貴殿の誇りが、いかに清冽せいれつで、尊いものであるか、このヨンが知らぬはずもありません。……しかし、貴殿の一身の名誉と、数百万におよぶタズドットの民の命を、あえて同じはかりに載せねばならぬ。この国の息吹きを繋ぐため、黄金同盟という未来を掴むため。貴殿個人の武勲、名誉、その一切を、タズドットという器のために投げ出す。それほどの度量うつわは、ありませぬか」


 それは命令ですらなかった。国家への殉難を、一人の人間の精神に問うたのである。ヨンは「屈辱」という言葉を、「英雄的な自己犠牲」という大義へ昇華させることで、グルナルに最後の決断を迫った。


 「タズドットのため」という一言は、グルナルの胸中にある祖国への至誠を直撃した。彼は、己の情念と国家の安危という、相容れぬ二律背反の狭間に立ち、全身を激しく震わせた。


「タズドットの、ために……」


 その声は、かすかな呻きとなって漏れた。内面では、二つの魂が火花を散らしている。


 武の本能が、耳元で毒を吐く。目前の敵を逃し、背を丸めて時を稼ぐは、武夫もののふにとって死よりも重い卑怯ではないか、と。この任務に従えば、己の魂は不名誉という泥に沈み、永遠に死ぬことになろう。


 一方で、民への忠が囁く。一時の情動に駆られて玉砕すれば、それは英雄の死ではなく、国を滅ぼす大罪である、と。己の死は、国家の最後の希望を摘み取る愚行に他ならない。


 グルナルは冷汗を流し、拳を白くなるまで握りしめた。宰相の穏やかな問いは、今や冷徹な鎖となって彼の四肢を縛りつけている。


「しかし……あんまりです」


 その言葉には、一人の人間が背負うにはあまりに重すぎる、運命への慟哭が込められていた。


 それは、誇りを捨てねばならぬ非情さへの抗議であり、国家を救う代償として自らの魂を差し出さねばならぬ、残酷な神事しんじへの悲鳴でもあった。


 グルナルは頭を垂れ、深く俯いた。


 若き黒髪が、国家の重みに耐えかねるかのように揺れている。


 名誉を選べば、炎の中に英雄として散るだろうが、国もまた潰える。


 大義を選べば、不名誉な敗北者として歴史の闇に沈むだろうが、国はあるいは救われる。


 広間の静寂の中で、列席した者たちは、一人の若者の魂が磨り潰される様を息を殺して見守った。ヨン宰相もまた、もはや言葉を重ねなかった。国家の興亡が、今や一人の武人の「忍」の一字に委ねられていることを、誰よりも深く理解していたからである。


 この沈黙の重さこそが、タズドットという国の命脈そのものであった。

はい、というわけで!


皆さん、今回のヨン宰相の「追い込み」……いえ、「慈愛」に満ちた説得、見ていて背筋が凍りませんでしたか!?


これぞ「最も逃げ場のない地獄」の作り方ですよ!


もし宰相が「黙って命令に従え!」と怒鳴りつけていたら、グルナル君も反発できたはずなんです。でも、宰相が選んだのは、そっと肩に手を置いて「君の誇りは尊い。でも、国民の命とどっちが大事かな?」と微笑みかけること。


これ、善意を武器にした「精神的な絞首刑」に他なりません。


今回の最大の悲鳴ポイントは、やっぱりここですよね。


「あんまりです。」


この一言に、彼の武人としての人生、信じてきた価値観、そして「自分という人間」が崩壊していく音が全部詰まっていました。


自分の誇りを守れば国が滅びる。国を救えば自分(魂)が死ぬ。


どちらを選んでも地獄の二択。


そしてグルナル君は、自分の心を殺して「国を救うための泥」を啜る道を選びました。

ここで面白いのが、彼を追い詰めた宰相が、最後に彼を「真の英雄」と称賛すること。


自分の魂を殺した張本人に「素晴らしい」と褒められる。これほど皮肉で、これほど乾いた称賛があるでしょうか。


――誇りを捨てて、盾になる。


――英雄と呼ばれながら、心は死体になる。

そんな「魂の抜け殻」のようになったグルナル君が、いよいよあの「合理性の塊」であるレイ将軍と対峙します。


1500人の冷酷な精鋭 vs 誇りを封印した500人の盾。


もはやこれは戦いではなく、「どちらが先に心を壊すか」のチキンレースなのかもしれません!


さて、次回。


ついに決断が迫られる次話。


名誉なき防衛戦か名誉ある突撃の二択を決める時。


皆さんも、グルナル君の折れた心と一緒に、会議へ向かいましょう!


それでは、次話。


「ヨン宰相の合理性」が熱烈する会議でお会いしましょう!

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