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GREAT HISTORY〜大史伝〜  作者: アイラル
第三部 ミケ将軍タズドット侵略編

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第九十六話 矜持という名の鎖

――「誇り」という名の翼を捥がれる時、人はそれでも人間でいられるのでしょうか。


 「誇りを守る」という言葉が、これほどまでに空虚で、それでいて重苦しく響く瞬間があるでしょうか。


 目の前の敵から目を逸らし、握った拳を震わせ、ただ「耐えろ」と命じられる屈辱。


 それは、戦場に身を置く武人にとって、心臓を直接握り潰されるよりも過酷な拷問に他なりません。


 ヨン宰相が突きつけたのは、国家の存続という名の『巨大な怪物』。


 その怪物を生かすための供物として選ばれたのは、他でもない――若きグルナル・ノイマンの、混じりけのない純粋な魂でした。


 逃げるな、と教わってきた。


 勇敢であれ、と信じて生きてきた。


 けれど、目の前の老いた知性は、その全てを「非効率な残滓」として冷笑し、切り捨てるのです。


 ――生き延びるために、自分を殺せ。

 ――国を救うために、その魂を泥に浸せ。


 「正しい道」を選んだはずの彼を待っているのは、救いなどではない、底なしの自己嫌悪という名の深淵。

 

 さあ、始めましょう。


 理性が誇りを絞め殺し、理想が泥濘ぬかるみに沈んでいく、あまりにも静かで、あまりにも残酷な処刑の時間を。

 理解と実行の間には、往々にして深く暗い溝が横たわっているものである。


 ヨン宰相は、若きグルナル・ノイマンが「持久と外交」ということわりを脳裏に刻んだことを容認したが、その血気に潜む危うさまでを拭い去れたとは露ほども思わなかった。


 人は理で動きながらも、情に足元を掬われる生き物であることを、老宰相は骨の髄まで知悉ちしつしていたのである。


 ゆえに、ヨンはグルナルの役割を、峻烈なまでに限定した。


「グルナル君。貴殿の知性には敬服する。しかし、この大計において、貴殿の武人としての本能は、時として最大の障碍しょうがいとなりかねない。あえて、念を押しておかねばならぬ」


 ヨンの眼光が、グルナルの瞳の奥を射抜く。


「貴殿に命ずるのは、周辺の防御、そして戦力の徹底した温存である。よいか、これ以外を成してはならぬ」


 この命は、若き武人にとって、二重の「非情」を孕んでいた。


 一つは、攻勢を封じられ、ひたすら敵の猛威を耐え忍ぶという、武人としての名誉を削り取る受動の責務。


 二つは、眼前に勝機が転がり込もうとも、深追いを禁じ、熱情の火を自ら消さねばならぬという、本能の否定。


 それは、飛翔を望む若鷹の翼を、国家という名の鎖で縛り付けるに等しき屈辱であった。


 グルナルの黒髪の下、その瞳には、抑えがたき憤怒と哀惜の情が入り混じった。心のうちでは、「国を存続させる」という大義と、「武人の誉れを全うする」という宿命が、激しく火花を散らしている。


「しかし、宰相! それでは、わが矜持きょうじがいずこにも置き場を失いまする!」


 その叫びは、執務室の静寂を震わせた。それは単なる反抗ではなく、自らの魂が磨り潰されることへの、悲痛なまでの異議申し立てであった。


「我らは戦うために、この生命を賭しているのです! 敵を目前にしながら、ただ盾を構えてうずくまり、追撃すら許されぬ。それが、敵に背を向けて逃げ散る腰抜けと、何が違うというのですか!」


 グルナルにとっての「誇り」とは、いにしえよりタズドットの武人が尊んできた、敵前での勇烈さと、勝利への果敢な寄与に他ならない。


 それを捨てて、他国の差配を待つ沈黙の盾と化すことは、彼という人間を形作る芯を、自ら叩き折る行為であった。


 一方、敵将レイは冷徹な策士でありながら、「勝機のためならば、いかなる汚名も厭わぬ」という、泥に塗れた実利の覚悟を背負っている。


 対するグルナルは、今なお「なり」としての名誉に囚われ、国家の命脈を繋ぐための冷徹な任務に、その魂が拒絶反応を示していた。


 彼は、自らの抱く名誉が、もはや時勢に合わぬ非合理な残滓ざんしであることを、その英明さゆえに理解していた。だが、理解することと、それを捨てることは、別個の苦難であった。


「宰相……。勇をもって敵を討つことこそが、タズドットの威信を天下に示す唯一の道であると、私は信じております。『一歩も引かずに時を稼ぐ』ことと、『屈辱に耐えて戦力を伏せる』こと。その間には、天と地ほどの隔たりがある。わが誇りは、その深き淵を越えることができませぬ!」


 その言葉の裏には、誇りある戦いを選び、そして全滅したボントゥスへの哀悼と、誇りを捨てて生き永らえることへの、峻烈な自己嫌悪が渦巻いていた。


 若き将は今、生と死、そして名誉と実利という、人間が直面しうる最も過酷な秤の前に立たされていたのである。

はい、というわけで!


皆さん、今回のヨン宰相の「追い込み」っぷり、見ましたか!?


「理解したなら、次は実行だ。ただし、お前の本能は邪魔だから捨てろ」って……。これ、武人に「人間をやめろ」って言ってるのと同じ、あるいはそれ以上に残酷な宣告ですよね。


今回のエグいポイントは、何と言っても「名誉の剥奪」です。


 1. 周辺の防御:ただ殴られるのを耐えるだけの壁になれ。

 2. 戦力の温存:目の前にチャンスがあっても、動かずに見逃せ。


 いやあ、もう最高にヨン上司からの嫌がらせ!(笑)


 やる気と才能に満ちあふれた若者に、「お前の価値は、動かない石ころでいることだ」と突きつける。グルナル君の「それではオレの誇りが守られません!」という悲鳴は、まさに魂が削られる音そのものでした。


ここで面白いのが、敵将レイとの対比なんですよね。


 • レイ将軍:「勝つためなら汚名でもなんでも背負ってやるよ」という、泥を啜る覚悟を決めた怪物。

 • グルナル君:「それでも、誇り高く、勇敢でありたい」という、綺麗な理想を捨てきれない人間。


この二人の決定的な差が、そのまま戦況の差になっているのがまた皮肉です。ヨン宰相は、グルナル君を「レイ将軍と同じ地平(汚名を引き受ける側)」に無理やり引きずり込もうとしているわけです。


「正しい判断」を選べば選ぶほど、自分という人間が壊れていくというわけです。


――誇りを捨てて国を救うか、国を捨てて誇り高く死ぬか。


天秤に乗せられたのは、タズドットの未来と、一人の若者の輝かしい魂。


さて、次回。


このバッキバキに心が折れそうなグルナル君に対し、ヨン宰相が繰り出すさらなる「慈愛の猛毒」……。


皆さんも、グルナル君と一緒に「あんまりだ……」と絶望しながら見守ってください!


それでは、次話。


「英雄的な自己犠牲(という名の呪い)」でお会いしましょう!

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