第九十五話 元旦
元日の朝。元朝。また、元日。一月一日。
バラムーユンタニアの名門、アゲエンコフ家。
重厚な石造りの館のバルコニーに、朝の冷たい空気が静かに流れ込んでいた。
「……それにしても」
誰ともなく、そんな呟きが零れる。
「朝日が昇ったな。実に――光り輝いてらー」
夜を追い払うように、東の空が白み始める。
闇は後退し、世界は再び輪郭を取り戻す。
それはどこの国でも変わらぬ、平等な光景だった。
だが。
その光の中心を、よく、よく見てしまった者がいた。
「……ん?」
一瞬の違和感。
自然であるはずの景色に混じる、あまりにも不自然な“照り”。
「……え?」
目を細め、角度を変え、二度見し。
「……うわー」
思わず声が裏返る。
「ルードリィフ国王の――禿頭だった」
そう。
城の中庭で朝の訓示を始めようとしていたルードリィフ国王の頭部が、
ちょうど太陽光を真正面から受け、
まるで神に祝福された聖遺物のような反射を放っていたのである。
つるり。
きらり。
まばゆい。
「朝日じゃなかった……」
「王だった……」
「いや、頭だった……」
誰かが言い、誰かが黙り込む。
笑ってはいけない。
だが、笑わずにいられるかと言われれば、それはそれで酷な話だった。
ルードリィフ国王本人はというと、
そんな視線や動揺など露ほども知らぬ様子で、
堂々と背筋を伸ばして立っている。
――その姿は威厳に満ちており、
同時に、あまりにも無防備だった。
光は容赦なく降り注ぐ。
王の頭は逃げ場を持たず、
ただ静かに、誇らしげに、照らされ続ける。
やがて。
太陽は、ゆっくりと本来あるべき高さへと昇り、
反射の角度も変わり、
禿頭はただの禿頭へと戻っていった。
「……朝日は、昇ったな」
誰かが、少し神妙にそう呟く。
夜は終わり、
世界は今日も動き出す。
王の頭が輝こうと、
国が揺れようと、
革命の火種が燻ろうと。
朝日は、等しく昇るのだ。
それが、
残酷で、
可笑しくて、
どうしようもなく現実的な――この世界の理であるかのように。
そして今日もまた、
バラムーユンタニアに、
何事もなかったかのような一日が、
静かに、確かに、始まるのだった。
今年もあけましておめでとうございます




